辛口コラム

書評その19
現代史家が見落とした板垣征四郎と石原莞爾の友情を軸に
満州事変から大東亜戦争を独特に筆致で描き尽くした力作


福井雄三著 『板垣征四郎と石原莞爾』(PHP研究所)

『板垣征四郎と石原莞爾』

 板垣征四郎と石原莞爾という満州建国の双璧を、現代史の激しい変遷の嵐の中に捉え直し、歴史的な再評価を試みる、心血を注いだノンフィクション。
 石原莞爾についてはすでに語り尽くされたきらいがある。軍事作戦の天才、世界歴史のパースペクティブにたって戦争の終末を予言した宗教家の側面。しかし東京裁判の被告にはならず、いまでは軍事思想家という評価がほぼ定着している。後者の視点でいえば『世界最終戦争』など宗教的文明観が強すぎるため過大評価とも言える。

 対照的に板垣征四郎は、現代史から抹殺されたがごとく歴史の闇に埋没させられてしまった。終戦時、板垣はシンガポールにあり、終戦の詔がでると抗戦をやめ、従容として裁判に赴き、しかし徹底的に日本の主張を通した。
 板垣は悠揚迫らぬ大人の風格をそなえ、部下からも慕われた将軍だった。
 自殺に失敗した東条英機も裁判では「自衛の戦争であった」ことを立派に主張した。

 石原莞爾は東条嫌いで、戦争中にも東条に辞任を迫り、その作戦の誤りを面罵し、当時の最高指導者をくそみそに批判した熱血漢だった。
 板垣と石原は1920年から21年にかけて漢江で一緒だった。偶然という人生におこりうるチャンスを二人は活かした。
 肝胆相照らし、激論し、飲み交わし、生涯の友となる。

 詳しくは本書の歴史的叙述を読んでいただくことにして、本書には現代史かがまったく歪曲するか誤認して過小評価している甘粕正彦に関してもかなり公平にページが割かれている。
 甘粕大尉は誰かの罪をかぶって大杉栄殺しの汚名を着せられたが、真犯人はほかにいるだろう。かれは服役後、新天地を臨んで満州へやってきて、特務工作に従事し、映画をつくり、しかし虚無主義が強く、満州の夢がついえたと同時にピストル自殺して生涯を終えた。

 著者の福井雄三氏は、司馬遼太郎の似非史観をあますところなく批判した貳冊の労作もあるが、本書では城山三郎という反戦作家が書いた『落日燃ゆ』で、広田弘毅の最後の場面の嘘にも触れている。
 広田は自分の運命として民間人の戦犯を代表する形で処刑されたが、最後まで動揺せず、釈明もせず、しかし最後に天皇陛下万歳を叫んで絞首刑になった。
 最後に立ち会った花山信勝が証言を残している。
 それを城山は「(大東亜戦争は)漫才をやった」として広田が天皇陛下万歳には背を向けたと書いた。高潔な人格者の広田弘毅を、結局は貶めていると司馬の似非史観の亜流作家の欺瞞をつく。

 それにしてもエピローグも圧巻で、結局のところ、ルーズベルトは米国の国益にならなかった参戦を何のためにやったのか、という解釈を敷衍する。
 米国は真珠湾をひたすら待って、国内世論を転換させ日本にドイツに戦争をしかけ、反共が国是の路線を気づかれないように転覆させていた。日本との戦争をアメリカ人の大半は反対していた。だから日本の真珠湾攻撃が必要だった。
 日本が奇襲したとき、ルーズベルトはほくそ笑み、チャーチルは電話をかけて言った。「これで我々は同じ穴の狢(むじな)だ」と。日本の主要敵は英国であり、まさか米国が参戦してくるとは想定外のシナリオ、チャーチルが敗色濃い戦局を米国の助けで乗り切る戦略だった。
 しかしそのチャーチルさえ、ルーズベルトが陰謀家であり、容共であることを見抜けなかった。
 かれは戦後の世界地図を描き、東欧も反共の勢力圏に入れようとしていた。
 ルーズベルト、トルーマンの米国はヤルタの密約があるとはいえ、ポーランドをソ連の蹂躙にまかせ、東欧諸国がソ連の属国となるのを拱手傍観し、反共の蒋介石を捨てて毛沢東を密かに支援し、やがて大統領の代が変わると米国は朝鮮戦争で反共の防波堤としての韓国を守るために多大な犠牲を支払った。ベトナムではフランスの尻ぬぐい、イラク、アフガンは英国の尻ぬぐいと言えなくもないだろう。
 福井氏は日本の北進計画(ソ連をドイツと挟み撃ちするのが反共同盟)を謀略によって南進させ、近衛内閣ブレーンにスターリンに奉仕した共産主義の信奉者がゾルゲと組んで政策を誤らせたように、米国の政権の中枢にソ連に同情した共産主義者がいて米国を間違った方向へ導いたのだとする。
 凄まじい謀略に巻き込まれ、馬鹿を見たのは米国のサイレント・マジョリティだ。そのあおりを食らって国家破滅の淵におちた日本の指導者。戦争責任は謀略をみぬけず優柔不断の政策をとった近衛に原点があるのではないか。大日本帝国陸軍の強硬派も海軍の反・陸軍思想も、関東軍の暴走も敗戦の主因ではない。強いて挙げれば山本五十六の博打好きか。等を福井雄三氏は本書の中で示唆する。

 最後のページの「解説」を西尾幹二氏が熱意をこめて書いている。

waku

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