辛口コラム

書評その50

ハーバート・フーバー 渡邊惣樹訳『裏切られた自由(下)』(草思社)

『裏切られた自由(下)』

 アメリカの歴史家の多くが、いまも頑迷にFDR(フランクリン・D・ルーズベルト大統領)を高く持ち上げている。歴史の真実を語ると「歴史修正主義」と言って猛烈な批判がある。おかしな話である。
 当時の世論は参戦に反対だった。フーバーは直前までの大統領であり、慈善事業家としても知られた高潔な政治家。その彼さえもルーズベルトに騙され、ハルノートの存在さえ知らされていなかった。
 ルーズベルト大統領は「狂人」だったのではないのか。

 あの戦争は、アメリカが介入したために傷口が広がってしまった。そればかりか救出しようとした国に地域がごっそりとソ連の傘下にはいった。共産主義の地獄に陥落したのはバルト三国からポーランド、ドイツの東側、ハンガリー、チェコスロバキア、ルーマニア、ベッサラビア、ブルガリア、そしてバルカン半島のユーゴスラビア、ユーラシア大陸の東側を見てもモンゴル、中国、北朝鮮が共産化した。いまもスターリンの高笑いが聞こえてこないか?
第二次世界大戦の結果、人的財政的被害を最大に被ったアメリカが、とどのつまりスターリンのソ連の野心に無自覚的に手を貸して、自由で闊達だった国々を全体主義の、不自由な地獄に追いやった。もし自覚して意図的にそうしたならFDRは米国史上最悪の犯罪者である。

 フーバーは戦争の事実上の敗北責任をルーズベルト大統領に帰結する。この下巻において著者のフーバー元大統領は感情を抑え、情緒的叙述を避け、しかし第一次資料を根気よく集め、当時の関係者の証言を元にして、従来の歴史解釈を転覆させた。
 この労作の完成には二十年の歳月がかかった。
 評者(宮崎)はすでに本書の上巻を書評し、また訳者である渡邊氏の別の解説書の書評も終えているので、下巻をまた採り上げて書評するべきかを迷った。
 けっきょく「ツンドク」の状態が弐ヶ月。なにしろ浩瀚で、下巻だけでもびっしりと592ページ。書くのに二十年、翻訳に二年だから、読むのみ弐週間くらいかかるのも当然といえば当然だろう。

 ルーズベルトは「ヤルタ密約」をスターリンとの間に結んで、帰国して弐ヶ月後に急死した。
 後を継いだトルーマンは、まったく何も知らされていなかった。ヤルタの密約なんぞ知るよしもなく、驚くべきことにFDR政権下の政府高官たちは、密約の存在さえトルーマンに教えなかったのだ。
 トルーマンの指導者としての資質にも問題があった。彼は凡庸に過ぎた。
「トルーマンはどのような約束がなされていたかも知らなかった。例えば、ヤルタでの極東に関わる秘密協定などはまったく知らされていなかった。さらに彼の引き継いだ政府組織の多くに共産主義者やそのシンパが国家叛逆的な秘密グループとして潜入していた」(108p)

 フーバーはDFRが七年間になした政策的過ちを十九項目、きわめて分かりやすく列挙したが、1933年のソ連承認、スターリンとの秘密同盟、ヤルタ会議などのリストのなかで、次の六つの対日関係の政策的誤りが指摘された。
●対日経済制裁の失敗
●近衛の和平案の拒否
●三ヶ月の敵対行為停止案の拒否
●無条件降伏要求
●日本の講話要請の拒否
●原爆投下

「ルーズベルトは国民をまったく必要のない戦争に巻き込みとんでもない厄災を招いた。エゴイズム、悪魔的な陰謀、知性のかけらもない不誠実さ、嘘、憲法無視。これが彼の遣り方に際立っていた」(507p)
 エゴイズムと嘘とが混載されて、彼のまわりは共産主義者が囲い込み、情報はスターリンに筒抜け、要はニューディール政策の失敗を誤魔化すためにも、「国民に安全保障の恐怖を煽ることで、彼は再選を果たした」のである。

 とくに際立つのが対日政策であるとして、フーバーは次の二つを特筆する。
 第一は対日経済制裁だった。「制裁が続けば日本は干し上がってしまい、破滅することが目に見えていた。制裁を続ければ戦争となるのはわかっていたことだった。理由は簡単である。どのような国であれ誇りがあれば、あれほどの挑発を受けて白旗を掲げることはない」
 第二に近衛(文麿首相)と天皇からの和平提案をFDRはニベもなくはねつけたことだった。
「近衛は、我が国との交渉を経済制裁の始まる弐ヶ月も前から」開始しており、この経緯はルーズベルトに報告されていたのだ。つまり「太平洋方面での和平は可能だった。そうなっていれば中国が(共産主義者に)強姦されるようなことにもならなかった」(494p)。
 経済制裁とは戦争の一手段であり、これを発動したということはアメリカが戦争をしかけ、日本を挑発したことと同義語になる。
 フーバーは明言している。
「経済制裁は、要するに飢饉をおこしたり職を奪うことによる殺人行為そのもの」であり、当然予期された日本の奇襲に驚いて見せたが、「その驚きは馬鹿げた茶番劇であった。原因は、日本に対するはったりであり日本人の性格の無理解であった」(457p)
こうしてフーバー畢生の歴史書は、アメリカで大きな波紋を拡げたが、邦訳版がなって、「歴史修正主義」と従来攻撃批判されてきた史観のほうが正しく、戦勝国の一方的史観が偽造の歴史であることが明らかとなった。
そろそろ左翼の歴史家は総退場するべき時がきた。

waku

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