辛口コラム

書評その52
日中国を動かすトップセブンの「知られざる素顔」
軍を纏めきっていない習近平の空虚な野望を何が埋めるか


福島香織 著
『習近平王朝の危険な野望』
(さくら舎)

『習近平王朝の危険な野望』

 習近平独裁体制が仮に成立したとみると、中国は一貫して米国に伍せる軍事強国を目指し、政治、経済、軍事の世界一を狙っていることなる。
 夢想なのか、砂漠の蜃気楼か、習近平の空虚にみえる野望は無謀であり、達成は不可能ではあろうが、習近平がそれを目指しての暴走を開始している以上、世界的危機はますます深まっていくのである。
 習近平はそれほど鋭角的な政治センスがあるとは考えにくい。したがって誰か軍師がいるはずである。
 江沢民には曽慶紅という軍事がいた。また経済は朱容基首相にまかせておけば良かった。胡錦涛には共青団という強力な支持母体があり、長老達が比較的よく胡錦涛の改革的な政策を理解し、また温家宝首相とは絶妙なコンビが組めた。
 ところが習近平は五月蝿い長老たちを悉く敵に回し、拾い上げてくれた恩のある江沢民、曽慶紅を袖にして、あまつさえ連立を組むべき共青団とは露骨なほどの敵対関係に陥っている。
 経済を主導する李克強首相から政策決定権を採り上げ、次期後継者と見られる孫政才を葬り、胡春華をいじめ抜いている。共青団の次期ホープは王洋と言えるかもしれない。
 となると、頼りとするべきは太子党が、これは「党」というより友人達の環(リンク)でしかなく血路を開いてでも一緒に闘うという強靱な団結力にかける。いざという時には頼りにならず、また兄貴分の劉源(劉少奇の息子)は、習のもとを去った。
軍は完全に習近平に面従腹背。軍幹部に抜擢された高級軍人等は李作成など少数の例外をのぞいて実戦経験もない。

 となると、前期に一番信頼を置いて頼りにした王岐山が定年で引退してしまったため、習の番頭格は誰かといえば、栗戦書になる。
 反腐敗キャンペーンを担う趙樂際は、完全なイエスマン。わかりやすく言えば茶坊主であり、修羅場を乗り切る政治力は稀薄と見られている。
 ところが福島さんによれば、この栗戦書にしても、習近平は全幅の信頼を置いていないというのだから驚きである。
 理由は習が嫌う共青団の大物、李建国を失脚させようとしたとき、栗戦書が止めに入ったからだという。なぜなら栗にとって李建国は恩人であり、「義理人情」を、出世より優先させたからだ。
 習近平は、自分を総書記に抜擢してくれた江沢民、曽慶紅の子分達を一斉に失脚させて権力を構築した、いってみれば忘恩の徒だが、栗戦書は頑なに過去に世話になった先輩を守り抜くために「猛然と抵抗した」というのだ。

 また福島さんは習政権二期目にはっても軍の粛清はまだ続くと予想する。
 「軍の汚職摘発をこれまで以上に強化するつもり」だから「軍内部の粛清は」これからも、「吹き荒れる」と予測する。
 なかでも習が頼りとするのは張又峡で、父親同士が陝西省、甘粛省の戦線で一緒に戦った経験があり、「張ファミリーと習近平は家族ぐるみの付き合いがある」からだ。
 次のお気に入りは苗華(習の福建省時代、第三十一集団のトップだった)。李作成も習のお気に入り、かれは中越戦争で軍勳がある。
 しかしいずれにしても、こうした依怙贔屓による軍高層部の身勝手と思われる人事は、軍内部に深刻な不満の嵐を惹起させており、旧瀋陽軍区の不気味な動きや、度重なる暗殺未遂が、そうした事実を物語っている。

 本書で、もうひとつ注目したのは、習近平が展開している「人権派弁護士」への弾圧である。その動機である。
 これまでも人権、民主活動家の大量拘束、拷問はあったし、ノーベル平和賞の劉暁波に対しての苛烈きわまる弾圧は西側から人権無視、非民主の独裁と批判されてきた。
 ところが200名を超える人権弁護士を逮捕拘束した習は、ほとんどを勾留したまま、テントしているのである。
 つまり「2015年のマクロ経済政策の失敗あたりから、明確に潜在的な敵が人民であるという認識を持つようになった。そして、その人民が人権派弁護士に象徴される知識人層と結びつくことを習近平は最も警戒していた。ただの不満を抱えたバラバラの人民を『反乱軍』に統率できる宋江のようなリーダーの登場を恐れていた。もっとも警戒されるのは弁護士である。なぜなら、台湾で国民党を破って初の台湾人による政権を打ち立てたのは元人権派弁護士の陳水扁だからだ。弁護士が国の指導者になった例を中国は身近でみてきたのだ」(200p)
 ちなみに宋江は山賊、荒くれ、愚連隊がこもった梁山泊でめきめきと指導力を発揮した水滸伝の主人公である。
 なるほど中国人のDNAはちっとも変わらないということである。

waku

表紙

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