辛口コラム

書評その58
メルケル独首相は女傑か、怪物か、それとも?
彼女の政策こそが、ドイツ政治を危機に追い込んだのではなかったか


三好範英 著
『メルケルと右傾化するドイツ』
(光文社新書)

『メルケルと右傾化するドイツ』

 三好模英氏は読売新聞特派員としてベルリン駐在経験が三回、ドイツ滞在が合計十一年におよぶ。ドイツ通である。
 前作『ドイツリスク』で著者は山本七平賞特別賞の栄に輝いたが、その祝賀会で妙に畏まっていたのが印象的だった。三好氏はおとなしい人なのである。ところがいったん筆を執ると、本質を直角的にずばり抉り出し、物事の地下水脈の動きにまで筆が進む。
いったいドイツ政界に何が起きているのかを知るために本書は格好の現在報告書でもある。
 先週、評者(宮崎)はたまたまブリュッセルに二日ほど滞在したので、時間を工面してタクシーを雇い、EU議会とEU本部の撮影に行った。
この一帯はインタナショナル・ヴィラッジとでも呼ぶべきだろうか、EU加盟国のエリートが集まり、机上の空論を戦わせながら、贅沢な官僚生活を送る所でもあり、ナショナリズムを異端視するリベラルの巣窟でもある。
ところがベルギー国民の大半がEU官僚どもを「税金の無駄つかい」と批判する。ベルギーのような小国に、しかしなぜEU本部を置いたかと言えば、国際組織の本部を誘致することでベルギーの経済的飛躍を狙ったからでもある。
しかし、そのベルギー国民が、ドイツで「ドイツのための選択肢」などの反メルケル運動が台頭し、フランスでルペン率いる「国民戦線」が第二党に躍り出てきたように、ベルギー政治の変革を希望しているのも、皮肉というほかはない。
 そしてEUの旗を振ったのがドイツだった。
 メルケルは保守政治家と見られがちだが、彼女は西独ハンブルグ生まれだが、東ドイツへ移住し、共産主義の教育を受けている。数学も出来たが、ロシア語がぺらぺら、政治信条はリベラル。そのうえトランプを敵視する。つまりメルケルは断じて保守政治家ではない。
プーチンのような「状況対応型政治家」の典型であると言える。それゆえ政策に大きな振幅が見られ、その「変節」の度に、欧州全体が混乱することになる。そうして文脈から見れば、いったいメルケルは世界の救世主なのか、それとも世界秩序の破壊者か?ということになる。
 (余談だが、本書の裏帯が三色、黒、赤、黄色とドイツ国旗を著している)。

 本書では冒頭に、エマニュエル・トッドの警句が掲げられている。何かを象徴する。
 トッドは言った。
「ヨーロッパは、20世紀の初め以来、ドイツのリーダーシップの下で定期的に自殺する大陸ではないのか」(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、文藝春秋)。

 細かな説明は除くが、このトッドこそEU解体、ユーロ解体を予言して憚らないフランスの人口学者で、かつてはスラブとムスリムとの相対的人口比較からソ連の崩壊を予測した。
 メルケル独首相は女傑か、怪物か、それとも世界の破壊者か。こうした設問がでてくるのも、彼女の政策こそが、ドイツ政治を危機に追い込んだからである。そこで三好氏は、メルケルの生い立ちから、その青春期、東ドイツ時代、そしてコールの右腕として頭角を現し、やがてコールと訣別し、政権を担い、四選を成し遂げた女傑ぶりをあますところなく描き出した。

   三好氏はメルケル首相を総括して「誠意の人」だとさらりと言う。ただし、「心情倫理」があまりに強いため、難民に同情的であり、いや同情しすぎたため欧州政治を混乱させた。
 だから「誠実と合理主義が過ぎて、邪悪で不条理な現実に裏切られる。ヨーロッパや世界に大きな影響力を持つドイツ首相の振る舞いであればこそ、そこが一番の問題である」(312p)。
本書の終盤で大事な記述がある。それはドイツがなぜ、あそこまで中国にのめり込むという愚を犯したかについてである。
 中国企業がドイツのハイテク企業買収に乗り出し、世界のロボットの四大メーカーのひとつ「クーカ」社まで買収した。当然だろうけれども同盟国からも警告があり、ドイツ財界の一部には警戒感が生まれた。
 「しかし、(中国への)警戒論は全体の流れを変えるほどではない」(301p)。
それより習近平が強力に推進する「一帯一路」プロジェクトの鉄路の終着駅はデュッセルドルフに近いデュースブルグ港(欧州で随一の内陸港)である。現地に取材した三好氏は、その現場に中国語が氾濫し、いまでは重慶との間の貨物便が毎週25本にまで増えているという現実を伝えている。
メルケルは反トランプ、親中派。そして過去の発言や訪日回数の少なさを見ても、おそらく反日であろうとの類推が本書を読んだあとの評者の感想だった。

waku

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