辛口コラム

書評その62

チャールズ・カラン・タンシル 渡辺惣樹訳
『裏口からの参戦』
(草思社)

『裏口からの参戦』『裏口からの参戦』

 副題は「ルーズベルト外交の正体 1933−1941」である。分厚い翻訳本、しかも上下二巻。渡辺惣樹氏の名訳。斯界に衝撃を与え続ける翻訳者は、どうやって、このたぐいの名著原典を探し出すのか、不思議である。
 本書は1952年に「戦勝国史観」に対するアンチテーゼとして刊行され、米国の歴史学界において、一部の歴史学者からは高い評価を得たが、ルーズベルト大統領一派は、攻撃、侮辱を重ねて、本書を排斥した。チャールズはジョージタウン大学などで教鞭を執ったが、晩年は左翼からの罵倒によって恵まれない環境のなかに生涯を終えた。
 真実を言う学者は、どの世界でも冷遇されるものである。
 しかし66年ぶりに日本で甦ったのだ。
反日家だったルーズベルトは、国民世論が絶対的に参戦反対というムードの中で、じつは軍の高層部も日本との戦争には反対だった。それならば、謀略を仕掛けて日本に真珠湾攻撃をしでかすように仕向け、まさに「裏口」から第二次世界大戦へ雪崩れ込んだ。その具体的なルーズベルト政権の騙しの方法がどうであったかを歴史を溯って詳述する。
 まずドイツだった。しかしルーズベルト外交の裏の意図をヒトラーは戦略的に先回りして、読んでいた。
ヒトラーはアメリカの挑発に乗らなかった。黙殺したのだ。

 反日戦争屋のスティムソンが、1940年に陸軍長官となった。矛先は明瞭に日本に向けられた。
スティムソンは、日記にこう書いた。
 「問題はいかにして日本に最初の一発を撃たせるかである。もちろん、それが我々にあまりにも危険であってはならないが。。。」

 その翌日にハルは日本に最後通牒を突きつけたのだ。
ヒトラーが拒否した役回りを日本の政治家にふることをルーズベルトは決めた。
 「ルーズベルトはシグナル役を東洋に見つけた。そして真珠湾攻撃が起きた。彼が待ちに待った死の曲を演奏するシグナルとなる事件を日本がおこしてくれた」。
 直前までの和平交渉からハルノートへいたるまでの表向きの歴史は、すでに多くが語られた。日本が戦争回避に必死だったことは誰もが知っている。
問題は「語られなかった」水面下の動きだった。
米軍は「天気予報」の暗号で「東の風、雨」というダミー暗号から、日米開戦が不可避となってことを事前に知っていた。これらの詳細は本書にあたっていただくことにして、真珠湾攻撃当日、次のホワイトホウスのなかの動きの描写はきわめて印象的である。

「真珠湾攻撃の報が届く前のホワイトハウスの執務室は穏やかだった。外から入る電話を遮断していた。大統領は、切手のコレクションを静かに整理し、ポプキンズは大統領の愛犬ファラと戯れていた。そして運命の午後一時が過ぎた。しばらくして日本軍による真珠湾攻撃をしらせる報が届いた。そうしてアメリカはあの大戦に引きずり込まれた。そして大戦が終わった今も、共産主義国と戦い続けている有様である」

翻訳者の渡辺氏はフーバー大統領の『裏切られた自由』、フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』の翻訳もこなしたが、この本をもって日本人インテリに『是非読んで欲しい三部作』としている

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表紙

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