辛口コラム

書評その69
『古事記』、『日本書紀』の差違を明確化した研究成果
『日本書紀』の魅力をたっぷりと教示してくれる入門書


竹田恒泰、久野潤 著 『日本書紀入門』(ビジネス社)

『日本書紀入門』

 フルタイトルは『決定版 日本書紀入門――2000年以上続いてきた国家の秘密に迫る』。冒頭に「決定版」との断り書きが入っている。
 入門編の決定版という意味なのか?
 それにしても、なぜ二人は『日本書紀』を選んだのだろう?
 天皇家の出来事をありのまま、スキャンダルや暗部をあけすけに書いている『古事記』は浪漫に溢れ、イマジネーションを湧かせてくれるが、官製の匂い濃厚な『日本書紀』は文章も堅苦しく、読んでいても、古代史の夢をロマンティックには描けない。
 なにより、『古事記』は全三巻だが、『日本書紀』は三十巻もの長さである。
 そればかりか、これは外国語で書かれた文献である。『古事記』は大和言葉を漢字の宛て字で仕上げているが、『日本書紀』は古代中国語で書かれ、そのうえ中国人の校閲があったほどだ。
 唐風が通り抜けても、国風が書物の中に駆け抜けない官製品というのが、多くの捉え方だろう。
 中国流に言えば『日本書紀』は正史だから、まずいことは書かない、王朝の正統性をこれでもか、これでもかと述べたのが歴代王朝の正史、つまり中国では政治文書となる。
 しかし本書において歴史通のふたりは『日本書紀』にも、ちゃんと天皇家の暗部が描かれているとして実例を提示する。
 水戸光圀が『大日本史』編纂という大事業に挑んだのも、『日本書紀』が発端である。

しかしなぜ本書がこのタイミングに?

 令和二年(2020)は、東京五輪だと日本中が浮かれているが、『日本書紀』が成立したから1300年になるからである。
 八世紀に『日本書紀』が編纂されたが、これは「最古の歴史書」であり、「『日本書紀』は世界に向けての情報発信だった」との解釈に立脚し、二人は論を進めている。
 斬新な視点である。嘗て黛敏郎氏が、奈良の大仏開眼が「当時の万博だった」と言い出したとき、評者(宮﨑)は、目から鱗が落ちたが、『日本書紀』にそうした意図が含まれていたことには迂闊にも気がつかなかった。というより、そうした文脈で『日本書紀』を位置づけたことがなかった。
 そういえば世界史はチンギスハーンの世界制覇から開始されたのであり、日本書紀当時の世界とはシナ大陸のことである。
 もとより『日本書紀』が最古の歴史書というのはレトリックで、『古事記』はそれより少なくとも半世紀は古い(学説ではちょっとだけ早いことになっているが)、それ以前、聖徳太子が編纂した『天皇記』がある。焼却してしまったので、残念ながら、この貴重な文献を読むことが出来なくなった。もし、発見されれば、記紀と並んで三大歴史書と言われただろう。
 評者は林房雄が『天皇の起源』で唱えたように、神武天皇以前に五十代から七十代のご先祖がおられ、天皇制の原型の誕生は縄文中期と考えている。したがって古事記も日本書紀も「近世」の読み物である。
 さはさりながら本書の面白さを以下に紹介したい。
久野 「中西輝政京都大学名誉教授は、アメリカが昭和17年五月の時点で「『日本書紀』という史書をいかにして日本人の教育や学問の研究から追い出していくかが大事だ」という趣旨を諜報機関の文書で書いていることを指摘しています。日本人に『日本書紀』はまったく信用できない書物だと思わせることが、日本が二度とアメリカの脅威にならない大事な手だてのひとつであることを見抜いていたわけです」
といえば、
竹田 「アメリカから完全に聖書というものを消し去ったらどうなるか、ということを考えたら、よくわかるはずです」

 また継体天皇は越前に逼塞していたため、すぐに大和へ入らず、即位後およそ二十年も河内国樟葉宮(くすばのみや)留まった経緯があるが、それは何故か?
 久野は戦後左翼が言い出した王朝簒奪説、あるいは王朝交替説が濃厚となった一因であると提議すると、竹田は「継体天皇が大和に入るのに時間を要したのは、応神天皇の五世孫―はるか遠くの血筋の人を連れてきた天皇におなりいただくということで、豪族たちの間での合意が形成されるまでに、それだけ時間を要した」
と明快な回答がでる。
「金鵄」と「八咫烏」の区別をのべた箇所も基本認識、やはり入門編だろうか。
 名前の由来は、神武天皇東征の際、神武天皇の弓とまった黄金色のトビ(鵄)が光り輝いていた伝統による。近鉄八木駅前のロータリーに誇張されたレプリカが聳え立っている。
 前方後円墳の名づけ親でもある蒲生君平や、歴代天皇陵をさがしもとめた高山彦九郎、本居宣長を批判し、『日本書紀』の重要性を力説した橘守部など、歴史に埋もれてわすれされている人々への再評価もなされている。
ともかく本書は『古事記』、『日本書紀』の差違を明確にしてゆきながらも、これまで軽視されがちだった『日本書紀』の魅力をたっぷりと教示しているのである。

waku

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