辛口コラム

書評その75
深センへ行ってアリババ凄い、テンセントもの凄いと感動し、日本は追い抜かれたと
表面の泡をみて騒いでいたのが日本の多くのジャーナリストだったっけ


著・福島香織 『習近平「文革2・0」の恐怖支配が始まった』(ビジネス社)

習近平「文革2・0」の恐怖支配が始まった

 香港から特急に乗って隣の深センへ行く。四十年前は人口八千人たらずの極貧の漁村だった。その頃、評者(宮崎)外国人ツアーに紛れて深センに入ったが、ビールは冷えておらず、肉は露店で売っていた。辻々には恥ずかしそうに自宅の不要品をならべて売っていた。
 それがいまでは人口1100万人。町の景観は西側先進都市と変わらない。地下鉄が縦横に走り、飛行場も二つ。世界中から商談に訪れるビジネスマンで、ホテル料金は北京より高い。マンションも東京より高い。先進国と違うのは行儀の悪い人々が町を歩き、礼儀を知らない人たちが高級レストランを占拠していることだろう。
 ともかくアリババ本社を見て、「日本企業より決断早いし、凄い」、テンセントも見学して「もの凄い」とやたら感動し、日本は追い抜かれたと騒いでいたルポを多くの読者は思い出しませんか。
 まさに表面の泡(バブル)だけをみて浅薄な現象を報じていたのが日本の多くのジャーナリストだった。
 鴻海精密工業の深セン工場では高層階からの飛び降り自殺が相次ぎ、吹き抜けの下層にネットを張っていた(これは映画にもなった)。鴻海の大躍進も、萎みつつある。
 習近平は民間人がのさばる光景は許せない狭量の人である。すべてが中国共産党の支配下にないと気が収まらない小心翼々たる愚者である。
 だから民間企業への弾圧が始まったのだ。
 贅沢な邸宅に住み、ヨットを浮かべて高級なフランスワインを呑み、美女を侍らし、リムジンにふんぞり返って札束を数えるという享楽は、共産党幹部以外の人間が享受してはならないのである。
 中国は古来より社会はピラミッド構造であって、皇帝と眷属、それを守る傭兵のほかは奴隷でしかない。
 民間企業とか中産階級とかはマオイズムの教科書には書かれていない。
 弾圧はアリババ傘下の金融会社「アント」の上場延期から開始され、テンセント、百度などに及んでいることは周知の事実である。だがアント弾圧の前に幾つかの民間実業家が逮捕拘束される事件が続出していた。
 本書はこの経過を詳しく描写する。
 2020年7月には明天証券系の金融保険会社9社の資産が押収された。このグループの創業者は肖建華だった。
 江沢民に近いとされ肖建華は数年前に滞在中だった香港の高級ホテルから拉致され、いまだに北京で拘束されている。
 農業実業家だった孫大牛は2020年11月に冤罪で逮捕された。アリババ事件直後の20年11月17日には南京のIT企業でのし上がり、フォーブス長者番付にもでた福中集団の楊宗義が逮捕された。楊は慈善事業でも積極的だった。
 かくして著者の福島さんは言う。
「民営企業家の多くは裸一貫から大企業家になったカリスマが多く、馬雲のように国際社会からも支持されていたりする。習近平と比較しても指導者としての資質が高い。自分の長期独裁政権確立の障害となりそうな有能な政治家を、反腐敗キャンペーンの名目で排除してきた習近平にとって、カリスマ経営者は自分の無能さを際立たせる脅威の存在に思えるかもしれない」(166p)
 まさにその通り、習の独裁を脅かす民間人カリスマの存在は排除の対象となるわけである。

waku

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