辛口コラム

書評その78

著・武者陵司 『「安いニッポン」が日本を大復活させる!』(ワック)

「安いニッポン」が日本を大復活させる!

 「つぎのGAFAMは何か?」
こうした予測には投資家ならずとも誰もが興味を持つだろう。
 息切れし、疲れてしまった人が多い日本で(なにしろ基幹産業は介護ですからね)、ガッツを失ったことが主因で、「失われた二十年」となったと説く人は少ない。景気の気は気迫の気、元気の気という原理原則を忘れて、アメリカ亜流のはやりの経済学(新しい資本主義トカ)の安酒に酔ってしまったのではないか。
 本書の結論を一言でいうのは難しいが、日本の主力メディアに登場する経済学者、エコノミストの主張とは、まるで趣がことなり、円安こそチャンスだという。
 赤字国債は心配なんぞ要らないというのだから日銀、財務省ならびに官僚エコノミストや、御用学者、大手銀行、証券のシンクタンクの分析ともまるで異なる。ユニークな経済論である。
 プライマリーバランスとか、バランスシート論とかを御用エコノミストらが力説しているが、そうした官学とは完全に異なる。かと言って、MMT理論ともやや相違する。基本は楽天主義だが、綿密な計算と分析の結果でてきた予測であり、街の「経済評論家」とは「質」が違う。本書では、このポイントが重要である。

 評者(宮崎)は四十年以上前に貿易会社を十年ほど経営し、世界のあちこちに出かけつつ輸出ビジネスに携わってきた。OJTを実践し、現場では学校でならった経済学なるものが机上の空論でしかないことを身を以て知った。貿易の現場では公式的経済論は茶飲み話にもならない。
 リアルな世界にいて世界経済を眺めると、底流にあるのは政治と、カントリーリスクであり、ものの流れは覇権国の思惑に沿うか、反対方向に流れるパワーが強いか、弱いかが予測の基本材料である。
そんな時代に、突如異次元から降って湧いてきたのが、為替だった。変動相場に移行したため、嘗ての360円時代は去り、例えば1ドル=260円で契約した輸出ビジネスは、出荷時に1ドル=120円になっていたり、あれよあれよの激動だった。
変動相場制とは360円時代の為替差損・差益は政府が背負ったが、それが民間に移行したということでもある。
円高が日本の経済を半壊させ、製造業は海外へ移転した。国内空洞化という恐るべき時代を迎えても日本政府には反撃の力なく、中小零細企業は廃業、転業した。
アメリカに頑とものをいった政治家は岸信介、安倍晋三、石原慎太郎くらいしか思い浮かばない。ちかごろの経済論壇にしても極左は別として、悲観論が主流だ。政・官界、学界はアメリカにへらへらと阿諛追従する軽量級か亜流がのさばっている。この人たちが闊歩している限り、日本経済が浮上するとは思えないが、武者氏は円安をむしろ逆バネにできると唱えるのだ。
会社をパートナーに譲渡し、評者、経済学をやり直し、木内信胤氏が主宰した経済計画会議のメンバーに加えて貰ったが、毎月のように政策提言を書いていた記憶がある。
 そうした経緯から現代の経済論壇を眺めやると、評者が注目しているのは、田村秀男氏と、この本の著者の武者氏の二人である。
有効需要を生み出せとした「打ち出の小槌」論を説かれた丹羽春喜教授とも親しかったが、氏の理論は大筋で理解できても、氏が展開するのは数式だったので、まるで咀嚼できず、ただ昨今のMMTの先駆的学究であったことだけはたしかであろう。
 前置きが長くなった。

  武者陵司氏がいうには、1ドル=130円の事態になろうとも、日本はメガ景気が訪れるだろうと予測する。その理由が縷々述べられている。
本書に難しい数式はない。わかりやすくてヴィジュアルな図表が数枚あるだけ、簡潔な説明がじつに要領よく展開されるが、文章に躍動感がある。
 いまの論壇では、「安いニッポン」から円高誘導論がでているが、第一は円高で海外輸入コストがさがり、國際購買力が復元できるという仮説。第二がアトキンソンらのいう賃上げである。
 これらは「経済合理性を欠くので有効ではない」とずばり一言。
 物価、賃金、円安という「トリプル安」こそ、企業競争力を上向かせ、國際競争力を高め、企業収益は空前のものとなった。いずれ必然的に賃金は上昇に転じ、ズアイガニが日本人の食卓に戻ると唱える。現下は、ロシアのウクライナ戦争の派生的制裁余波で、ズアイガニもイクラも、ウニも高嶺の花になったが。。。
 日本が安保にただ乗りしたとアメリカは言いはなった。
かたやアメリカ軍の駐留はビンの蓋だというすり替え議論も横行した。
「ただ乗りのコストは支払いを済ませた、と武者氏はやわらかに説かれる。「円高ペナルティは完全に終焉した」(61p)。
 半導体が壊滅寸前に追い込まれ、台湾、韓国へ移行させたのはアメリカの思惑だった。しかし製造装置と原料で日本の強みは残り、半導体は回復基調にある。

 さて未来予測である。
 ヴァーチャル経済圏を「第七大陸」を命名する氏は「サイバー大陸であり、誰でもどこからでもネットにアクセスするだけで、その大陸の住人になれる。(中略)ビジネスチャンスの宝庫であることは言を待たない。この第七大陸を支配しているのがアメリカの企業群である。この大陸に上陸するためには、アメリカのインターネット・プラットフォーマーを経由しなければならない。そしてそこで活動するためには、彼らに『テラ銭』を払わなければならない」(123p)。
 アメリカのGAFAM一人勝ちの構造である。
 ただし、と著者はこう付け加える
「パラットファオマーとは単なる土管である」。勝負所は、この中を流れるコンテンツである。GAFAMはそれを理解しているから周縁のビジネスを買収し肥大化したが、GAFAMは相互が競合するため、独禁法との争いが苛烈に展開されている。
 結びにもっとも大切なことを言われる
 「メディアでは半導体、ハイテク敗戦、グリーン敗戦、金融敗戦など日本の劣後を自嘲する敗戦ブームだが、最も重要で深刻な敗戦は心理敗戦ではないか。心理は決定的に重要である 
 二十年のデフレが日本人からアニマルスピリットを奪ったのだ。
    時間がかかったが、アベノミックスの発動以後、ようやく円高もとまり、企業に旺盛なアニマルスピリットが戻ったと氏は観察される。
 「この好環境を守り育てていくことが、強く望まれる」のである。

waku

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