辛口コラム

書評その9
カフカスの南に蟠踞するイスラム系民族の情念と愛郷精神、キリスト教系との対立。
ロシアへの怨念とイスラム・スーフィズムに、果てしなく興味を惹かれた

廣瀬陽子著 『強権と不安の超大国・ロシア』(光文社新書)

『強権と不安の超大国・ロシア』

 ロシアの現実や行く末をモスクワやサンクトペテルブルグの軸から論ずるのではなく、カフカスという異端の視点から眺めて、ロシアの政治の現実と舞台裏を鋭角的に、そのKGB的強権政治の本質を抉っている。

 新しい女性論客の登場だ。

 ロシアを別の角度から論ずる人は、ややもすれば異端視されがちだが、故・秋谷豊、山内昌之、イスラムの関連では佐々木良昭の各氏の活躍がある。

 クレムノロジストというのは、鉄のカーテンで締め切られたクレムリン宮殿の権力闘争のゆくえを分析する専門家だった。

 米国にはコンドレーサ・ライス(現国務長官)を引き合いに出すまでもなく、リチャード・パイプス(レーガン政権)、タルボット(クリントン政権)らソ連の専門家が外交助言を繰り返してきた。

 ゴルビーが登場し、ソ連が解体され、ロシアのくびきを離れた筈だった国々には秘密警察の桎梏は希釈されても、つぎにはナショナリズムを強権政治に利用するという新しい苦痛が待っていた。資源戦争が激化し、ロシアに反旗を翻せば手痛い仕打ちを受けた。

 モルドバも、グルジアも経済制裁に沈んだ。

 アゼルバイジャンとアルメニアの紛争では、ロシアはアルメニアに肩入れしながらも、じつは資源ルートや鉱区の権益を手に入れた。

 評者(宮崎)は旧ソ連で、まだ行っていないくにが五ケ国ある。グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア、そしてモルドバとトルクメニスタンである。しかし専門家ではないので、なかなか取材のチャンスがなく、行きたいという意志はあっても、機会がなかった。

 くわえてこの列に「未承認国家」が四つある。

 モルドバに反旗を翻す『沿ドニエストル共和国』、アゼルバイジャン国内の『ナゴルノカラバフ共和国』、グルジアの「アブハジア共和国」と「南オセチア共和国」だ。

 いずれもNHKスペシャル取材班がようやく入国できたか、どうかというややこしい地域である。

 著者の廣瀬さんは、専門にカバーする対象がこのカフカス。

 それもアゼルバイジャンに留学し、ぐるりと、これらの「元ソ連」で「反ロシア」的なくにぐにを命がけで回ってきた。手に汗握る旅行のなかの危険。ミステリアスな人々。

 女性の単身旅行では、物騒で、治安のわるいところばかり、学究専門家でなければ、とても観察に赴く気力も起きない場所ばかりで、その知的で冒険的な観察行にまずは乾杯。

 日本人にとっても、ロシアは“恨み骨髄”のくにである。

 盗んだ北方領土を自分のもとだと言い張り、満州からは日本の設置した工業施設を根こそぎ持って行き、ついで日本人エンジニアも拉致した。

 当時の帝国軍人は公式統計でも67万人。うち7万人前後がシベリアで重労働の過労と飢えにより死んだ。

 ロシア各地に立つオペラ座などの立派な建物は殆どが日本の軍人が建てた。

 この国を信用して資源開発をすすめてきた日本の財界も、最近「サハリン2」プロジェクトでは煮え湯を飲まされて、唖然となった。

 ロシア人とまじめに付き合っていては損ばかりする。だが地政学上、中国の背後にある軍事大国であり、我々はロシアを政治的に利用せざるを得ない。

 しからば、直接的にロシアの脅威と嫌がらせと、信じられないほどの政治干渉に曝され、ことあるごとに経済制裁を受けながらも、グルジアもアゼルバイジャンもモルドバも、いかにして戦ってきたか。

 日本人作家で、この分野に挑んだ人は少数である。熊谷某という作家が、チェチェン問題に挑んだくらい、英国ではジョンルカレが、真っ先にテーマに挙げたのだったが。。

 バルト三国はヨーロッパと海で繋がっているので、まだしも、陸続きの中央アジア・イスラム圏五カ国は、欧米への接近ままならず、結局はロシア型専制政治に舞い戻った。

 カフカスはチェチェンに代表されるように果敢な戦いを挑む少数民族が、一方において山岳に跳梁跋扈し、国内国を形成している。その情念、その民族主義と愛郷精神、その怨念とスーフィズムに、果てしなく興味を惹かれる。

 本書を熟読してこれまで分かりづらかった地域の謎がすこし解けてきた。



暗黒のカフカスの南に希望はあるのか
世界資源戦争の要衝でなにがおきているかを活写

廣瀬陽子著 『コーカサス 国際関係の十字路』
(集英社新書)

『コーカサス 国際関係の十字路』

 このタイミングに書店に並んでいる。
 カフカスの南に関して日本人は関心の埒外、遠い遠いワンダーランド。
 ところがチェチェン独立戦争のおりに日本のテレビが相当数チェンチェンに取材に入り、ロシアの汚い遣り方を暴いた。
直近はロシアとグルジアとの戦闘、にわかにカフカスの南に関心が高まる(といっても一般市民は関心さえないが。。。。)。

 アゼルバイジャンの首都、バクーは石油基地として、国際政治学や資源の専門家には知られていたが、ここは世紀のスパイ=ゾルゲの出身地でもある。
 世紀のホロコーストをやってのけたスターリンはグルジア人。
 世界一と定評のあるコニャックはアルメニア産。こうしてみると幾ばくかの繋がりがあることが分かる。

 本書は上記三カ国(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア)の簡潔な歴史を叙しつつも、ロシアとの関連、民族問題に焦点を絞り込み、同時に資源との絡み、すなわち中央アジア、トルコ、EUそして米国との関連を大局的見地から繋げていく。

 焦眉の急はパイプラインだ。
 廣瀬陽子(静岡県立大学準教授)は言う。
 「(直接西側とをむすぶパイプラインは)予算70億ドルの壮大なものである。エルズルムからはすでにトルコの国内供給用のパイプラインが延びているが、さらに国際輸送向けのパイプラインを新設しようというわけである。ルートは、トルコ、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、オーストリアを結ぶもので、その距離は3300キロ」。
 ところが「ロシアが様々な手段で計画を妨害している上に、ガスの供給量の問題が生じるなど、プロジェクトが停滞し、2008年4月に、建設開始が2010年、輸送開始は早くても2013年にとなることがあきらかになった」(本書23p)

ロシアは陰に陽に妨害

 その本格的妨害が、オセチアを巡るグルジアとロシアとの軍事衝突である。
 本書では、じつに意外な事実が記されていて参考になった。
 親米自由派のサアカシビリはグルジア国民の待望のもとに産まれて、EU入りを目指し、またNATOに加盟しようとアフガニスタン、イラクへ派兵し、米国から大いなる得点を稼いできた。
米国マスコミを見る限りは「評判の良い政治家」だった。

 ところが著者が現地で突撃取材の結果、サアカシビリの人気は最低、独裁化して政敵を次々と更迭し、失脚させ、ロシアとは余計な摩擦を引き起こす。
以前より暮らし向きは悪くなったとあからさまにサアカシビリを批判しているというではないか。
 ガムサフルディア初代大統領は詩人にして民族派だった。暗殺されて後をついだシェワルナゼは元ソ連外相にしてペレストロイカの実践者だった。が、シェワルナゼの施政もうまくいかず親米派のサアカシビリにとってかわられた。

 僅か三年前、キルギスでも民主政治家、清廉を唱われたアカーエフ大統領が眷属もろとも腐敗し、独裁権力となり、国民から追われた。

 以下は評者の推理。いずこも同じ秋の夕暮れ、国民の目をそらすために、おそらくサアカシビリは無謀な戦端をオセチアとのあいだに開いたのかもしれない。
ロシアがそれを待っていたという図式になる。


waku

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