経済予告

「中国発世界大暴落」の足音が聞こえる


過剰流動性の罠に嵌った上海

 二月二十七日と六月四日に「それ」は起きた。
 上海株式市場がそれぞれ9%、8%の株価暴落を示したのだ。
 この激震の余波は東京、香港からインド、EU、ロンドン、NY市場へと飛び火し、世界の株式市場が一斉に下落した。
 とりわけ2月下旬にはNY市場が2001年9月11日の同時テロ以来の下落率を記録したため世界の投資家は心底ひやりとした。
 まさに中国の躍動的な経済力の欠陥が世界に悪影響を与えた最初の歴史的事件となった。

 乱舞するカネは中国通貨当局の政策ミスなどによる過剰流動性が主因だが、中国の市場を狂乱的鉄火場と化した資金は大半が投機的なものである。
 基本スキームは低金利の日本から資金を調達(これを「円キャリー・トレード」という)した欧米ファンド筋が中国の株、不動産、通貨に派手な投機を繰り返していること。この波に利にさとい東南アジア系の華僑資金が便乗し、台湾からも大量の闇資金、くわえて噂を聞きつけた海外華僑ならびにマフィアがらみの資金が混入、最後にアラブなどのオイルマネーも加わっての大乱戦となっているからである。
 中国へ行って証券会社を見学すれば分かるが、電光掲示板を食い付くようにみている老若男女、どこも異様な熱気をあげている。どことなく日本の競馬場と似ている。
 欧米マスコミは中国の急成長を脅威視して『タイム』は「新王朝の夜明け」と表題に掲げ、『ニューズウィーク』も「二十一世紀は本当に“中国の世紀”なのか」と特別記事を組んだ。イメージ的には「繁栄する中国」、「輝く太陽」、「夜明けの爽やかさ」。欧米メディアが或る方角から中国をみるとまだ輝いて映るらしい。

 ところが実態はまさに逆なのだ。
 二月末からの上海発世界株式下落を眺めて筆者が最初に連想したのはロシア国債が崩壊した98年の事件だった。
 1998年8月17日、ロシア政府は突如、通貨ルーブルを切下げ(24.7%の下落)、対外債務を90日間支払猶予(モラトリアム)すると宣言。これが引き金となって未曾有の金融危機が世界の市場に運ばれた。
 同年8月26日、ロシアは米ドルとの為替取引の不成立を宣言し、翌日に外為取引を全面停止に踏み切った。ロシアのルーブル建て「国債」はデフォルト(債務不履行)に立ち至った。金融債券がいきなり「紙くず」と化した。
 市場では「米国債売り・ロシア国債買い」のアービトレイジ(裁定取引)が破綻したため巨大ヘッジファンドの「LTCM」(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破産した。この連鎖が世界的な金融危機を招いた。かなりのヘッジファンドも倒産した。
 米国政府はLTCMの連鎖倒産を防ぐために数十億ドルの緊急融資を行った。
 そもそもロシアの当時の滅茶苦茶な経済運営は出発のときから理論的に破綻しており、ロシア国債は完全なマネーゲームのカードだった。
 冷戦終結直前の88年からルーブル危機が叫ばれており、ソ連崩壊直後までにルーブルの価値は2000分の一に減価、同時に未曾有のインフレに見舞われていた。
 筆者は当時、六回ほどロシアへ行ったが、一ルーブルが240円から60円に、さらに五円、一円、最後は12銭になって紙くずのようだった(現在のルーブルはソ連崩壊後の新札)。
 1995年から金融政策の舵取りを急激に、しかも劇的に変更させ、ロシアは(1)インフレ抑制(2)財政赤字の縮小を狙って、高金利の短期国債を増発していた。
 この魅力的な高金利めがけて欧米のファンド筋がロシア国債を買いあさっていた。
 こうしてロシア政府の詐欺師的な綱渡りにヘッジファンドが引っかかったか、或いはヘッジファンドはタイミングを見計らってババ抜きゲームからこっそりと逃げる構えだった。逃げる時間を読み違えたのである。

 この悪夢がいまの中国を二重写しになる。
 赤字国債を裏付けもなく増発する中国で、怪しげな株式に群がるファンド。不良債権の山を巧みに隠して香港に上場した中国国有銀行と、その株を大量に買った欧米ファンド。
まともな経理を報告する企業は三割しかなく、あとは三重帳簿のからくりで虚偽報告を繰り返す企業が透明性の高い企業情報を公開している筈もないのに「中国株が儲かる」と言いふらす人々。98年の構造とどことなく似ていないか。


バンドから摩天楼をのぞむ観光客ら
銀行街
バンドから摩天楼をのぞむ観光客ら
銀行街

不動産、商品市況、株高騰のからくり

 六年半にわたって低迷し続けた中国株が異常な高騰に転じたのは06年秋からだった。前年からの国有銀行の香港上場の成功が発火点となった。
 改革開放がようやく軌道に乗りかけた1990年に深せんで株式市場が開設された。
 この頃、中国で株式を買う人は「株式とはいったい何か?」を問われても誰もまともに答えられなかった。
 理論なんぞそっちのけ、なんとしても株券を手に入れよう、株券さえ手に入れば儲かると信じて初日には30万人が深せん証券取引所をとり囲んだ。
 一種のお笑い、「カジノ市場」という命名がふさわしいほどだった(脱線だがマカオのカジノ売り上げは昨年、本場ラスベガスを抜いて69億ドルを記録している)。
 中国各地の証券会社のカウンターでの日常風景はつぎのごとし。
 「この銘柄の一株あたりの資産倍率は?」 と尋ねても証券マンが答えられない。株価形成の趣きはと言えば理論でもなく、そもそも企業情報の不透明さが顕著である。

 90年代央から国有企業の株公開が次々と始まるが、出鱈目な情報に基づくインサイダー取引が実態とわかるや、多くの投資家は手をひいた。引き潮の如く株価は暴落した。
 当時の香港の雑誌には「李鵬一家が黒幕」「インサイダー取引の主役は温家宝首相夫人」とかの内幕情報が溢れた。なにしろ証券会社で推薦する銘柄はといえば、「この企業は党幹部のだれそれが事実上のオーナー」「この会社は誰それと深いコネクション」「だれそれのダミーだから儲かること請け合い」というセールス・トーク。
 現在も同じ情報が市場を駆けめぐっている。直近の香港誌『開放』(07年3月号)によれば、「温家宝首相の息子が平安保険の4000万株主」、「曾慶紅副主席の息子は北京で豪邸不動産投資に数百億元の公金を転用か」などの見出しが踊っている。

 05年までに証券会社が陸続として倒産した。老舗「大鵬証券」も大手「南方証券」も。投資家の悲劇もあちこちで聞かれた。
 株が低迷していた六年間、それでは人々を魅了した投資対象とは何だったか?
 投資家らは「不動産」と「商品」(金、プラチナ、建材など)の投機に向かった。
 不動産投機ブームはいまも衰えてはいないが、半分は実需があるからで豪華マンションなどの投機対象はあらかたが手じまいされている。
 夜、付近を通れば幽霊屋敷のように明かりがついていない。投機用だな、とすぐに理解できる。昨年秋から上海の不動産は下落傾向、北京はオリンピックを控え、まだブームに湧くが、投資家の多くは”逃げの態勢”だ。
 不動産投機を煽ったのは、「中国のユダヤ人」といわれる温州商人の投機グループで北京、上海、広州の大型物件を集中して狙い、高値をつけるや売り逃げた。彼らの資金は地下銀行、なにしろ金利14%の闇資金でも不動産が年率17%平均で上昇してきたのだから、元手はちゃんととれている。
 さらに国有銀行などがダミー会社を経由して不動産投資に手を染めた。昨秋あたりまで「不動産を買わないやつは馬鹿だ」とまで言われた。

 商品にも投機マネーが乱舞した。
 05年から06年にかけて金(ゴールド)が空前の高騰(20年ぶり)、石炭は四倍、そして石油価格が世界的に暴騰した。一バーレルが空前の80ドルを突破した。すべてが中国の商品市況の動きと相関関係にある。
 中国人はもともとが博打好き、あっというまにニッケル、マンガン、鉄鉱石までが80%、90%と上昇し、ついには米国ミネソタ州の山奥の鉄鉱石現場まで中国企業によって買い占められた。ついでに「ペトロカザフ」(カナダ企業)など石油関連企業買収に投機のカネが向かった。
 石炭を例に取ると、世界最大の露天掘りで有名な撫順炭坑など現場で働く中国人炭坑夫は300万人。落盤事故などで毎年五千人を越える犠牲がでるが、安全管理にお構いなく儲かると聞けば、温州商人が駆けつけて闇炭坑でも操業をつづけるのだ。山西省の炭坑の四割が、このえげつなき温州資本である。
 こうして不動産投機とあいまってセメントや鉄鋼、ついにクレーン、ブルドーザまでも投機の対象になった。
 この狂乱のカネが株式市場へ乱入してきたのだ。


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