最近の問題作

宮崎正弘の最近の論文から

シルクロードの現場はいま
「中国・連鎖地獄 大失敗の一帯一路」


(1)シルクロード概括
 中国は五月に北京で「一帯一路・国際フォーラム」を開催し、プーチンもスーチーもエルドアンも飛んできたが、インドは参加を拒否した。日本と米国はオブザーバを派遣してお茶を濁した。
 シルクロード基金をもとに各国に巨額を投資してインフラ整備のお手伝いをするのだと喧伝したものの半信半疑の国が多い。
 南シナ海問題を有耶無耶にするために中国は破天荒な投資を続行してアセアン諸国に代理人を作ったが、ベトナムは露骨に不快感を示したほか、「投資は歓迎」としながらもホンネでは中国を嫌うマレーシア、インドネシア、心の底では中国が嫌いなラオス、カンボジア。孤立を恐れて中国だけが頼りとなったミャンマーなど、それぞれ国の事情を抱える。
 陸のシルクロードは新彊ウィグル自治区から中央アジアを超えて分岐し、モスクワから旧東欧、北欧へ向かうルート、アゼルバイジャンからトルコへ到る黒海ルートに別れる。「海のシルクロード」は南シナ海からマラッカ海峡を越え、ミャンマー、スリランカ、パキスタンのグアダル港から紅海の入り口ジブチへ。そしてスエズを超えてギリシアのピレウス港へ。もう一つが北極を横切る「氷海ルート」だが、ロシアが極度に警戒している。
 ブタペストにおける「中国+16ヶ国」サミットには李克強首相が出席した。同日にはグルジア(ジョージア)の首都トビリシで「一帯一路」会議が行われ、やはりバクーとトビリシを結ぶ鉄道の開通を祝った。
 カフカス三ケ国(アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア)は旧ソ連。独立後、それぞれが西側に向きを変え、ロシア語より英語、経済はEU依存へ舵取りを換えようと努力してきたがEUは不熱心だった。
 この間隙を中国がタイミングを待って衝いたのだ。
 欧米からの投資が脆弱で、とくにEUの空白投資区といわれるのがバルカン半島、すなわち旧ユーゴスラビアの七カ国とアルバニアだ。中国はすでにバルカン半島の付け根にあるギリシアのピレウス港の運営権を手に入れ、北上する鉄道企業の株式参加をなし、こんどはセルビアとハンガリーを繋ぐ鉄道の着工に踏み切る。この「新幹線」(中国は「高速鉄道」という)は総工費24億ユーロ(3200億円)の85%を中国輸出入銀行が融資する。ともかく世界各地で建設の槌音高く、勢いを見せてはいるが、はたして実態は?


(2)ミャンマーでの挫折はロビンギャ
 ロビンギャの居住区(ミャンマーのラカイン州)は中国のパイプラインの起点である。
 だからこそ中国はスーチー擁護、ロヒンギャを「テロリスト」と決めつけ、国際社会から失笑をかっても平気である。
 バングラデシュへ逃げ込んだロビンギャ難民は70万人近くになった。スーチーは国際世論を前によろめき、欧米に背を向け、中国の政治力に露骨に依存し始めた。
 無思慮にロヒンギャの肩を持つ欧米メディアは自己本位であり、解釈が一方的であり、事態の本質を理解していないとスーチーは信頼してきた欧米メディアの激変ぶりに当惑した。
 欧米、とくに英国がスーチー攻撃の最右翼。ロンドン市議会は名誉称号の永久剥奪を決議し、米国下院のリベラル派は「ゴールドメダル」剥奪要求。世論の幾つかには「ノーベル平和賞を返せ」と叫ぶ活動家もいる。
 国際世論、というより西側のメディアからスーチーは「平和の天使」から「悪魔のつかい」に突き落とされた。
 それもこれもロヒンギャ難民に対して「弱い者苛め」をしているのがミャンマー政府とする西側の意図的な世論工作に負けているからである。ならばこの印象操作は誰がおこなったからといえば、スーチーを救国のヒロインと持ち上げ、前向きな印象操作をした欧米メディアなのだから現代史のパラドックスというところだろう。
 中国がしゃしゃり出てきた。
 ミャンマーに利権を持ち(ロヒンギャ居住区が雲南へ繋がるパイプラインの起点。港湾の整備工事も着手した)、また一度キャンセルになった北辺の水力ダムや港湾施設など多くのプロジェクトをこれからも予定している中国は、このチャンスを活かすと外交得点も稼げる。
 ミャンマーには七つの主要な少数民族がおり、シャン、カチン、カレン、モン族などにくわえてワ族がいる。それぞれが武装集団を持ち、中国との国境地帯に勝手に自治区を拡げ、とくに麻薬のトライアングルを「クンサ」という麻薬王の地盤を受け継いで統治し、各地のマフィアと組んでいるため資金も潤沢である。
 ミャンマー政府の統治が及ばず、殆どが中国と国境を接している。とくに東側に盤踞するのがワ族で、この軍事組織がUWSA(連合ワ族救世軍)が中国の支援を受けているのだからミャンマー情勢はややこしい。


(3)パキスタンでの挫折 工事現場はパロチスタン
「親中派の代表」=パキスタンで、あろうことか中国人を狙うテロが横行している。
 ネパールにもトンネルを掘って鉄道を通すと豪語しているが、ヒマラヤ山脈に穴をあけるなどパナマ運河より難しい工事を本気でやるつもりか、インドへの牽制なのか。
 バングラデシュで中国はチッタゴン港の改良工事を企図したが、ダッカ政府はこの案件を蹴飛ばした。
 パキスタン最南西部のグアダル港から新彊ウィグル自治区のカシュガルまで「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)が鳴り物入りで建設中。石油とガスのパイプラインと高速道路、鉄道、光ファイバー網と四つのルートを同時に建設中だが、その実態は?
 まず12月初旬に高速道路の三ヶ所で工事は中断された。現地政府高官の汚職で資金が蒸発したためだ。
 起点のグアダル港があるパロチスタン州はシルクロード建設に反対している。バロチスタン地方の人口は800万人だが種族的には数種の部族が分散盤踞し、言葉と言えばバローチ語、パシュトーン語、ブラーフィ語、ペルシア語。正確に言えばバロジスタンはパキスタンではない。600年間独立国家であり、戦後パキスタンが占領している。したがってパキスタンとその背後の中国への憎しみが渦巻いている。チベット、ウィグル、南モンゴルと同じなのである。
 現場の中国人を警備するパキスタン軍へのテロが繰り返され、北京の「一帯一路」フォーラム開催中にも九名が殺害された。すでに中国人労働者の誘拐、殺人も数知れず、中国人は囲みで隔離された空間に暮らしている。
 隣のアフガニスタンに盤踞する武装ゲリラの頭目の一人はヘクマチアル元首相だが、この地を経てイランに潜伏したり、またパキスタンがこの人口過疎地で核実験を繰り返したため地元民の恨みが強い。
 バロジスタンは中世に「カラート藩国」だった。このカラート藩国は1639年に成立し、1876年に英国の支配を受けた。英国の密約によりパキスタン軍が1948年に侵攻し、併呑した経緯がある。
 こうした戦後の秩序が崩れ始めたのであり、パキスタン一地域の問題ではなく、もしバロチスタン独立となれば、イラク、トルコ、イランにまたがるクルド人やミャンマーに弾圧されているロヒンギャなどが独立を宣言する動きに繋がる。中国のシルクロードの現場はいずこも、この種の難題を抱えている。


(4)立ちはだかるインド
 モディ政権はシッキム高原を中国に取られてから、残る回廊の維持に必死だ。  インドはパキスタンをパスする海路をイラン東端に繋ぎ、アフガンへの鉄道を敷設する。
 インドを囲むバングラ、スリランカ、モルディブにおける中国の進出を警戒し、インドを囲む「真珠の首飾り」の外環を遠巻きにするため日米豪と協議を重ねてきた。
 インドが動いた。まさに「インド太平洋」と持ち上げられ、トランプ大統領がハノイでベトナム共産党幹部と面談した日にインドはグジャラート州の港からパキスタンのカラチ沖合をスルーして、イラン最東端のチャーバハール港に小麦15000トンを陸揚げし、それを内陸国家アフガニスタンのカブールへ届けた。パキスタン経由を避けたのだ。最初の貨物は11000トンの小麦でインドからアフガニスタンへの援助物資である。
 グジャラート州の州都はアーメダバード、モディ首相の出身地である。日本が大規模に肩入れしているインド新幹線の現場でもある。
 グジャラート州のカンドラ港を出航し、宿敵パキスタンのカラチ沖合をかすめて、イランの港への海洋ルートは、従来の貿易ルートでも細々としてしか物資の陸揚げ、出荷がなかった。このチャーバハール港からイランを北上すれば西側がアフガニスタンである。
 アフガニスタンへ向かう物資は、これまで殆どがカラチへ陸揚げされ、中国が支援するCPEC(中国パキスタン経済回廊)を通じてイスラマバードあたりで分岐し、アフガニスタンへも運ばれていた。
 だからこそインドはバイパス建設に熱心でイラン最東端にあるチャーバハール港開発プロジェクトに投資し、四つのバースを完成させたのである。
 このチャーバハール港は440ヘクタール。これまでの年間取り扱い貨物は210万トン。インドが投じた開発投資は8500万ドル。チャーバハール港からイランを北上し、アフガニスタンのザランジへ物資を運ぶルートを「インドーイランーアフガン回廊」と云う。またチャーバハール港に隣接する工業団地にインドは20億ドルを投資して鉄鋼プラント等をたちあげた。チャーバハール港の陸揚げ能力は210万トンから年間850万トンに劇的な向上をみせている。
 中国の海のシルクロードは、画に描いた餅のような趣きになってきた。


(5)反骨を見せるベトナム
 「反中国」を鮮明にするベトナムへの投資が多いのは韓国、ついで日本である。
 嘗ての敵はきょうの友、米越関係は劇的に改善され、トランプ大統領は11月10日にダナンを、翌日にはハノイを訪問した。
 中国が掠め取った西砂諸島はベトナムの領海にあり、中国の軍事力を恐れないベトナムは、しかしながら旧式兵器を嘆いている。
 ダナンは100万都市であり、古都のユエとは四時間のドライブで結ばれる。途中の山脈をくぐる長いトンネルは日本の無償援助で造られ、出入り口には日本国旗が大きく刻印されている。
 劇的なのは米国との関係である。
 あれほどの戦争をやった相手国なのにベトナム国民の過半数は「トランプが好き」と答える。驚くほかはないが、それが歳月の流れ、新世代の誕生ということであろうか。
 そのうえ、街角では若者が「中国は法律に従え」「中国は侵略者」というプラカードを掲げての抗議行動を時折、組織するので当局はそのたびに活動家を拘束した。
 APECの正式メンバーではないが、環太平洋諸国すべてが参加するようになって、ロシアからプーチンが、米国はトランプ、日本から安倍、中国から習近平もやってきた。
 ベトナムががっかりしたのはトランプがTPPを脱退すると決めたことだった。
 ダナンでトランプは講演をしたが「いかなる国も自国が大事であり、われわれのスタンスは『アメリカ・ファースト』である」と挑発的発言でTPPに真っ向から対決姿勢をしめした。
 米国は、このベトナムを反中国の梃子に活用しようとしている。
 他方、フィリピンは冷戦終結後、クラーク空軍基地をスビック湾の海軍基地を閉鎖し、ながらく米軍のプレゼンスがなかった。
 スカボロー岩礁を中国に盗まれ、ハーグ國際裁判所に訴えて勝訴したが、「あれは紙くず」という中国を前になす術もなく、漁業の安全操業を取引材料として中国の進出に抗議せず、かわりに経済援助を獲得した。
 豪腕ドゥテルテ大統領は対米戦略を交替させ、中国に近付いたのだ。
 こうして世界を俯瞰してみると世界の警察官を降りると宣言している米国に、アジア諸国は過度の期待は禁物とばかり、中国のやりたい放題に沈黙しつつ、軍事大国中国との共存を模索する道を模索している。

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