世界紀行

広州とその衛星都市をゆく

花都郊外にある洪秀全旧居跡にて
花都郊外にある洪秀全旧居跡にて


広州ではアジア大会が開催されるが。。。。

 北京五輪が終わって2010年五月からはは上海万博が開催される。
 日本も政府館と民間企業多数が出店するからマスコミも大きく話題にする。メインの米国館の工事が大幅に遅れているものの会期中は七千万人の入場を見込むと強気である。
 ところで来年は華南の広州でもアジア大会が開催される。おそらく日本のマスコミが報じない所為もあって殆どの読者は知らないだろう。
 上海っ子は上海万博のことを皆が知っている。外灘と対岸・浦東地区の金融街との中州の真ん中が会場だから上海市内からも建設状況が見渡せる。
 広東省の省都でもある広州で聞くと、「来年のアジア大会? 勿論、知ってます。地下鉄の駅から町中の広告塔まではやくもアジア大会一色ですから」と一様に答える。
 「2010広州アジア大会」はアジア四十五カ国が参加、競技種目56。囲碁将棋も競技種目にはいる。
「で、会場は何処ですか?」と聞くと広州市民の半分以上が知らない。これには驚かれる。
 華南では連日、新聞、テレビはこの話題ばかりだが、市民の関心は資金集めのための「宝くじ」(彩票という)への関心が大きく、スタジアムが何処にあるかは関心が薄い。入場式はテレビでみるつもりだから。
 会場をようやく見つけ出した。
 新聞には「新城区」とか「南部」としか説明がなく具体的住所が分からない。現場へ行くと、なにかしら北京五輪のメイン・スタジアム「鳥の巣」と似ている。異なるのは工事現場に労働者、警備員いがい誰もいないこと。市民の見物がまだないことである。
 市内から一時間かかる。広州市郊外だったが、最近、広州市「新城区」として吸収されたのだ。筆者がなかなか分からなかったのは去年までの広州市内地図に新城区なる表記がないからで急場凌ぎの市町村合併である。
 場所は郊外の黄甫軍学校跡からさらに30キロほども南、田舎の田圃の真ん中、ニュータウンが出現しており、へんてこな建物が出現し、はやくも地下鉄の新駅が出来ていた。


地下鉄のCMは広州アジア大会一色。
地下鉄のCMは広州アジア大会一色。
偽物だけど気にしないって。広州市内で。
地下鉄のCMは広州アジア大会一色。 偽物だけど気にしないって。広州市内で。

 付近は黒いビニールハウスの野菜果物栽培農家が密集し、のどかな田園風景に突如にょきにょきと現れた高層のアパート群は選手村、おそらく終了後はマンションとして売り出される。
 さて広州へ二年ぶりの定点観測で新鮮な驚きが三つ。
 まず交通渋滞が緩和されている。地下鉄が過去十年で168キロとなり、さらに向こう十年で、この倍の営業キロとなる。世界十代地下鉄網になる。となれば市民の移動空間の感覚が変わった。こういう近代的大都市は北京、上海、広州の三つしかない。
 ついで不況と言われるのに富の基礎が広州ではしっかりしている(広州だけのひとりあたりのGDPは一万ドルを超えている!)。早朝、一流ホテルの朝飯を摂りに来る老夫婦が目立つ。ルイビュトンやクリスチャン・ディオールは勿論、日本にまだ進出していない欧米のブランドが先に広州にテナントを出している。その購買力に目をつけている証拠である。おりから朱容基の回想録も出ていたが、定価が日本円にして四千円。こういう豪華本を買う購買層が増えているのも事実だ。
 そして広州では若者が伝統の広東語を喋らなくなり、北京語教育の成果がでている事実も改めての驚きである。
 年配の人々は地付きの広東語しか喋れない。世代間の言語学的な懸隔は、チベットや新彊ウィグル自治区の言語空間と同じである。中国共産党は支配した地域全部を北京語で統一したのだ。
 ファッションはコスモポリタン、繁華街=北京路の常設「ほこてん」のユニクロは若者でごった返し、回転寿司も盛況(全土に十二店舗のチェーン展開をする或る店では88元食べ放題。味は寿司まがい)。インドカレー専門店やらスパゲッティ専門もあって国際化を謳歌しているかのようだ。
 ちなみに「酒井法子事件」は中国のマスコミもカラーで特集をしている。芸能ニュースには国境がないようだ。


広州アジア大会一色のメインスタジアム工事現場。 綺麗になった長距離バス駅。
広州アジア大会一色のメインスタジアム工事現場。 綺麗になった長距離バス駅。

酒井のりビー事件は大きく報道。
酒井のりビー事件は大きく報道。


まだら模様の景気回復

 とはいえ経済回復は地域別、産業別のばらつきがひどい。
 華南の景気は部分的に回復しているが、まだら模様である。土曜、日曜は有名レストランは家族ずれで満員、二倍ほどが路上に並んでいる。信じられない光景だ。朝夕はタクシーがまったく掴まらない。神風タクシーもいなくなって、驚くほど運ちゃんのマナーが向上している。
 個人的経験から言うと中国全土のモラルを比較して上海が一番。やはり国際都市だけあって行儀の良さは東京並み。
 富の集中する広東も上海並みかどうか。
 広州駅のタクシー乗り場から「まことに申し訳ないが、すぐ近くのホテルまで」と言うと、「お客さんじゃないですか。希望のところまで送るのは我々の仕事です」と言われ、驚いた。国際レベルから言えば市民道徳はまだ数歩の距離があるが、バスも地下鉄も車内は清潔になり、公衆便所も匂いが減った。
 一流ホテルはサービス満点、しかしマクドナルドへ入ると品物も釣り銭も投げてよこす。ことほど左様にソフト経済方面でもばらつきがひどいのだ。
 広州の衛星都市は製造業のメッカ、米国の経済後退で直接の悪影響がでた場所である。

 仏山、東莞、虎門、厚街、順徳、番寓、花都などへ行くとやはり廃屋、シャッター商店街が目立つ。駅前のオートバイタクシーも中国名物だが、手持ちぶさた。
 番寓はホンダなど日本のメーカーが矢継ぎ早に進出した地区だが、高層マンション群に外国人居住が多いとはいえ、コンビニに客足少なく、駐在員目当ての喫茶店も流行っていない。地域差が顕著である。デパートもジャスコは盛況だが中国資本の百貨店はそれほどでもない。
 中国全体を俯瞰すれば天津、重慶、成都の景気が過熱気味。これらはいずれも三百億ドル前後の予算がついた地域だからだ。しかしメーカーの蝟集する福建省各地は対岸の台湾が景気後退で、わびしき状態。
 広州市内では黒人も目立つ。タクシーの運転手に聞くと「数万人はいる。殆どが貿易関係で、中国に衣類、アパレル関係の買い付けに着ている」とのこと、しかし不動産はどこも閑古鳥、ボトルネック状況である。
 ためしに書店に入って、これまた驚き。筆者が過去に報告したように従来の中国のベストセラーと言えばウォーレン・バフェット、ビル・ゲーツ、ジョージ・ソロスら世界的な大金持ちの伝記、自叙伝、ついで学習参考書、旅行ガイドブックだった。
 それが様変わり。経済力高揚と人民元の威力を背景に「通貨戦争」「金本位制度」など経済ナショナリズム高揚の本がベストセラー、つぎに偉大な指導者=朱容基などの回想録、つまり自国の指導者に過剰な自信を持ち始めた証拠。また旅行ガイドブックは「地球の歩き方」の真似本から、独自取材の豪華カラー版が増えており、趣味にしても園芸、家庭料理など中味が専門的になって、豊かさの背景を如実にあらわしている。
 ならば伝統を捨てたのか
 中国人は先祖の墓参りの替わりに宗家の廟に出向く。陳氏、李氏、王氏、何氏などの廟は全土に散らばるが、就中、アヘン戦争前後の苦力貿易で米国へ渡った華僑出身地が華南であり、豪華な宗廟が多い。


陳氏書院の正面玄関。 番寓の高級住宅街。
陳氏書院の正面玄関。 番寓の高級住宅街。

混み合う書店。
混み合う書店。

 日本のガイドブックで広州を見ると一番目に案内が出ているのは陳氏書院だが、じつはこれ、陳一族の宗廟なのだ。さすがに市内のど真ん中に位置するだけに観光客も多く、諸外国のカメラも来ている。それなら郊外の番寓の辺境にある留耕堂(何氏宗廟)はどうかと思ってタクシーを雇って行ってみた。
 案の定、観光客は疎ら、一族の習俗的儀式も終わったらしく宗廟の内部は森閑としていた。これが何氏廟であり、たまたま乗ったタクシーの運転手曰く「わたしも何一族です」。
 さてもうひとつ政治的歴史的論争の変化について現場で確かめたいことがあった。あの太平天国の指導者=洪秀全の評価である。
 嘗て洪秀全への評価は左顧右眄し、毀誉褒貶が激しく、共産党独裁が強い時代には党指導者の顔色を歴史学者は見ていた。
 近年、曾国蕃への評価が高まる一方で洪秀全もそれなりに「清王朝を倒す遠因となった」として「太平天国の乱」が見直され、記念館が南京のほかに広州市北の花都市内につくられ、生家も「旧居跡記念館」となったのだ。
 歴史解釈は時の権力者によって色彩が変わる。太平天国は神の生まれ変わりと言った洪秀全を教祖に五千万人が血の犠牲となって、南京を陥落、清朝を根底から脅かし、それを鎮圧したのが曾国蕃である。
 洪秀全の生まれ故郷は広州市北方に広がる花都である。じつはここも日本企業の進出が多い場所だ。
 花都のバス駅から拾ったタクシーは湖南省出身で「知ってるかね。客人、湖南省は革命家を多く出したことを」とお国自慢を始めるので「そう、そう。毛沢東に劉少奇、宋教仁、朱容基も台湾の馬英九のご先祖も」と筆者が答えると、「日本人は皆、そんくらいの歴史知識はあるのかね。鳩山新総理はどんな人。日中友好重視、『友愛』とか言うてるけど。。。。」「宇宙人みたいな人、それより広東書記の王洋の評判はどうだ?」「ありゃ、まぁまぁだね。」「胡錦涛は?」「・・・・」。以下、沈黙がちとなる。現職の共産党指導者に関しては外国人の前であれ配慮がうかがわれた。
 というわけでまだら模様の景気同様に、歴史も解釈はまだらである。


何氏宗廟。留耕堂の静けさ。 甦る洪秀全。
何氏宗廟。留耕堂の静けさ。 甦る洪秀全。


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