辛口コラム

書評その26
ドイツは歴史認識を変更し、外交の方針をかえて政治大国になった
様々な意味で日本との比較にもなる現代欧州政治の現場レポート


三好範英著 『蘇る「国家」と「歴史」
―ポスト冷戦20年の欧州』
(芙蓉書房出版)

『蘇る「国家」と「歴史」―ポスト冷戦20年の欧州』

 念入りな現場取材と多岐にわたるテーマを重層的に描きながら、冷戦後の欧州政治の実情をヴィヴィドに伝える労作である。
 とくにドイツが東西統一を果たし、通貨統合「ユーロ」を実現させた、そのあとで、明らかに地政学的なポジションを変更し、ものをいう政治大国となっていることが本書の中軸のテーマだ。
 著者の三好さんは読売新聞ベルリン特派員。ドイツの専門家でもある。
 冒頭にエストニアの状況が描かれる。バルト三国の北端、首都はタリン。評者(宮崎)も十数年前に行ったことがあるが、ソ連の特殊部隊が入り、戦車が国道を警備し、独立をもとめる人々へソ連派の弾圧が続いていた。あのころ、盛んに東欧の表情をルポした。
 英雄碑として公園に鎮座ましましたのはソ連の軍人たちだった。ようやくにしてエストニアのナショナリズムが高揚し、撤去運動がおきると、まだ残存するロシア派(露西亜系住民)らが反対運動を展開し、流血の巷となった。
 ―えっ。まだそんなことやっているの?

 ついで本書はポーランドへ飛ぶ。
 東欧の大国だったポーランドがソ連に蹂躙され衛星国家となって人々は圧政に呻吟していた。冷戦崩壊後、ポーランドを真っ先に支援したのはドイツだった。「脱共産化からすぐに、ポーランドはNATOとEU入りを最大の外交目標に掲げた(中略)。ポーランドをドイツの経済圏に組み込む、あるいは、ロシアに対する安全保障上の緩衝地帯としての役割を期待するという計算はあったにせよ」コール時代のドイツはポーランドをかなり熱烈に支援した。
 これまた評者(宮崎)の体験だが、その頃、三度ほどワルシャワやクラコウを歩き、ポーランドの急速な市場経済傾斜を目撃したものだった。
 その両国関係が悪化した。
 理由は「端的に『歴史』をめぐってのものだった。ドイツ国内で顕著になってきた歴史認識の変化、つまり、第二次大戦後続いてきた、『加害者』としての贖罪一辺倒の歴史意識から、『被害者』としての側面に光を当てる歴史認識が台頭してきた」のがドイツ、そうした文脈では日本と似ているとも言える。
 細かな論争の経緯、その論点は本書に譲るとして、なるほどポーランドとドイツがまたもや冷たい関係になっている事実は日本にいると分からない。
 シュレーダー前政権は、はっきりと米国と距離をおく政策に切り替え、イラク戦争に反対し、さらにはポーランドの頭越しにロシアへ接近し、ポーランドを通過しないパイプライン建設を推し進める。ややもすればドイツは反米と見られ、しかもイラク戦争反対ではフランスと協調した。
 随分と左旋回するんだ、というのが当時の感想だった。

メルケル鉄血宰相の登場

 メルケルは、反米論戦を修正し、もとの西欧+米国との関係を重視する外交にもどしたが、ポーランドとの関係はもとの鞘には収まらない。ポーランドにカチンスキ政権が発足すると、「ドイツとの間の歴史問題がいくつか表面化し、事態を悪化の方向へと導いていった」。
 両国民の間には越えることの出来ない感情の溝ができたようである。
 さて本書の観察の基軸の対象は現代ドイツである。
 ドイツでは地政学が本格的に復活し、遠交近攻外交を採用し始めている。ロシアをどう扱うか、警戒しつつも、同時に積極的に協力して、一歩一歩着実にドイツは国益を追求している。
 ロシアの背後にある中国への肩入れも、イランへの接近も、地政学的視点に立てば、ドイツ中心主義であり、それが分かっているからEUのパートナーだったフランスがときにドイツへ刃向かい、反発し、ロシアードイツ協調態勢に対抗するかのように地中海同盟を提唱し、外交的パフォーマンスで湧かせるのがサルコジである。

 とはいえドイツはフランスを重視する。EUの相棒であり、通貨統合=ユーロのパートナーであり、まさにユーロこそは西欧の対米対抗外交の成果ではないのか。
 ともかくもドイツは「ヨーロッパを中心として国際社会で、積極的に外へ向かう主体としての役割とその自覚を強めていること」、それは「国益の主張であり、EU内での主導権の発揮である。その行動の裏付けとして『国家』と『歴史』を再発見している姿」がドイツの現況である、と三好氏は言う。
 さらに三好範英氏は、こう付け加える。
「これまでの西側同盟路線、とりわけ米国との関係を最重要視する立場からヨーロッパ中心に考える立場、さらに進んで、ロシアとの関係を重視する立場へ徐々に軸足を移している」
 欧州政治のいま、を理解する上でおおいに参考となる。

 ただし、日米同盟を尊重し、中国を地政学上のバランス要素として活用し、東アジア共同体で、EU並みの力を求めようとする日本が、ドイツと同様な「国益」と「歴史認識」を変えているかどうかは議論の分かれるところである。いまの日本に地政学を説いても、そのイロハさえ、小鳩政権の閣僚やブレーンにはちんぷんかんぷんであり、国際社会では『友愛』は宇宙語でしかなく、そもそもドイツは徴兵制があり、アフガニスタンへ4200名の軍隊を送っており、武器を輸出している国であること。日本とは基礎要件が百八十度ことなる。

waku

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