辛口コラム

書評その33
圧倒されるフットワークの強さ、息をのむド迫力の筆致
突撃ジャーナリストは日本人女性初の北京特派員


福島香織 著 『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋)

『潜入ルポ 中国の女』

 河南省に文楼村という人口三千の集落がある。
 ある日から世界的に有名になるが、誰も近づかない。村人のほぼ全員がエイズに感染しているとされ、チェルノブイリか、福島第一原発か。村の入り口はマスコミが入らないように、それとなく監視網がある。
 北京特派員として日本女性で初めて赴任した福島香織さんは、ものおじせずに各所へ突撃するので、北京の公安からもマークされていた。
どうやって、この村に潜入するか。
 或る日、北京から夜行列車に乗り込んだ彼女はモンゴル女性を装おうことにした。「わたしは人前では決して日本語を話さない。下手な中国語で、不審に思われたらモンゴル族の作家・小胡と名乗ることにした。うっかりエイズ村と知らずに迷い込んだ」という事前のストーリィもつくって、白タクを雇った。
 驚くほどの現実が、そこでは展開されていた。しかもエイズ患者の売春宿があり、彼女は、そこへも突撃取材に行く。ひきつるほどの好奇心なのか。
「男が上に乗っかっているとき目をつむるの。幼ない息子の笑顔が見えるから」
「売れる身体があるのはラッキー。どうせなら都会で良い男に売りたい」
 文章の隙間から、その場所の臭いが、売春女の体臭や、その貧困が伝わってくる。あまりのおぞましさ、そのまがまがしき実態は、表面的なビルの繁栄しかしらない日本人のビジネスマンや観光客の度肝をぬくに違いない。彼女は危険を顧みず、どこへも飛び込んで、すべてを直視し、凝視し、しかし冷徹に、しかもヴィヴィッドに中国の闇を描写してゆくのだ。
 そして率直に感想を語る。「苦界に生きる女は、なぜ、こんなに強いのだ」
ルポルタージュにかかせない要素だが、その迫力に富む筆致も舌を巻かされる。
 ドライブインを兼ねたような薄暗い家屋には「鶏」とよばれる廉価の売春窟、長距離ドライバーのたまり場、やくざのような男達がいる。絶望の淵にあっても必死に生きようとする女達の逞しさがある。老娼婦もいる。
 ある時は同性愛の館へ、あるときは北京のホストクラブへ突入し、中国の風俗の女達がイケメンを『持ち帰る』様も描かれる。驚嘆するフットワークだ。
 迫真に満ちた中味を、小欄では克明に紹介したくない。というより本書を読まれることをお薦めする。
 苦界の女ばかりを描いているのではない。表題のように大金持ちの女、知識人の女、そして日本の漫画に憧れ、ド根性をみせて漫画家デビューした身体障害児の女性も登場する。
 或る知識人女性は呻くように言う。「(中国の)いまの知識人はニセモノよ、本当の知識人はもう亡くなってしまった」と。

 ところで評者(宮崎)が初めて福島さんと会ったのは北京。まだ産経特派員だった。爾来、ときおり食事したりするが、本書を書いていることは知らなかった。広州のアジア大会の取材に行ったり、中国の農村の暗部についてルポを書きたいと言っていた。
 本書を二日かけて通読後、すぐに書評するつもりでいたら、大震災が起きた。その日、中国にいたのでテレビを視ていた。帰国後、忙殺された。
 川口マーン惠美さんと食事した折、彼女も本書を読んだあとで、「この本は『女性の目線』で書かれているところが、一番面白かった」と言った。そうだ、女性が、とくに女性ジャーナリストがまったく避けてきた場所へ突撃取材した成果がとりわけ新鮮だった。中国の大局的経済分析でもなく、軍事の脅威でもなく、淡々と下々の庶民の生活を叙しているのだから。
 というわけで、本を頂いた御礼に食事を誘おうとしたら『中国にいます。月末まで』と返事があった。今日は、どのあたりに突撃しているのだろう?

waku

表紙

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