辛口コラム

書評その36
知の真剣勝負、丁々発止。対談に流れる裂帛の気合い
知識人が考えていた平和と戦争と道義が退廃した国家の未来


福田恒存 著
対談・座談集『楽天的な、あまりに楽天的な』

(玉川大学出版部)

『楽天的な、あまりに楽天的な』

 この対談集には昭和四十年代の日本の論壇の知的雰囲気、その真剣度が脈々と生きて再現されている。
 いくつかを過去に読んだことを思い出しながらも通読して、じつに面白かった。
 個人的なことを先に書けば評者(宮崎)にとって昭和四十年代は毎日毎日が知的好奇心の固まりで、よく本を読み、議論し、そして論壇の議論を(総合雑誌を毎号、買って)むさぼるように読んでいた時代でもあり、学生新聞と雑誌の編集をしていた時期と重なるので、つい昨日の出来事のように記憶が鮮烈に蘇るのである。
 福田恒存評論全集の刊行がようやくおわって(全二十巻、別巻一、麗澤大学出版会)、今度は対談集(全七巻)の刊行が始まったわけだが、毎回の配本で驚嘆する。いやはや濃密な対談内容、しかもこれほど多くの対談(なかには鼎談、座談を含む)を福田さんは、こまめにこなされていたのかとただひたすらに驚嘆する。
 本書はシリーズの三回目である。
 本巻に収録された対談相手には中村光夫、秋山俊、佐伯彰一、村松剛、西尾幹二、山崎正和の各氏。過半が文藝評論家である。サイデンステッカー氏との異色対談や政治家のほかに高坂正堯、神谷不二、三好修、矢野暢、久住忠男氏ら政治学者も加わる。佐伯彰一さんのアメリカ体験に相槌をうつ福田さんの表情が映し出されるような丁々発止があれば、サイデンステッカーさんとの日米翻訳の苦労、つまり翻訳は不可能でありとどのつまりは翻訳者の語彙の選択が重要で、あたらしい原作になることもあるという指摘に膝を打ったり(小生も十数冊、翻訳の経験があるので)、DHローレンスをめぐる西尾幹二氏とのつっこんだ文学論も興味が深い。
 なにしろ当時は『ソ連』が健全で、日本のマスコミには「デタント」(緊張緩和)という不思議なムードがただよう一方で、日本の一人勝ち、米国の衰退という、いまでは考えられない状況のなか、日本人には気負いも野心も高くあった。
 敗戦のショックから立ち直り、経済が上向いていたので心理的敗北感はなかった時代だった。みんなが上を向いて歩いていた時代だった。
 福田さんの鋭い政治情勢分析に専門家が立ち往生したりして幾つか面白い場面もある。ライシャワー大使がとんだ食わせ物だったことは当時も評判だったが、いまも高いライシャワー大使への場違いな評価も話題となる。
 評者(宮崎)の同僚が雑誌『浪曼』のときに収録した藤井丙午氏(当時は新日鐵副社長、その後、参議院議員)との対談も本書に収録されていたので、この部分は内容はともかく妙に懐かしかった。意外な顔合わせだが、じつは福田氏が当時、舞台裏で工作していた日本文化会議の設立へむけて、財界を代表した藤井氏は深く理解し支援も申し出ていた。その後、紆余曲折があり、文藝春秋に同組織は移行し、さらに『諸君!』の誕生となる。経緯を評者は藤井さんからも昭和四十三年頃に聞いていた。

 本質をえぐる談話の、ほんの一節を引こう。
福田恒存「人間のいろんな精神のゆがみや道義の退廃がうまれてくる」
村松 剛「江戸時代、二百数十年の間平和が続きましたが、この退屈きわまる長い天下泰平を内側から支えたのは、『葉隠』だとか『武士初心集』(大道寺友山著)にみられるような、ストイックな臨戦体制を強くしいた武士道だった(中略)戦後は、退屈な平和が続いているけれども、それを内側から支えるような哲学がない」
福田「しかもまずいことに、その原因を外に求めようとしていることが問題だと思う」
村松「さっき福田さんは、核戦争が起こらねば仕方ないのではないか、といったことを言われたが、それは要するに強い者は強い者、弱いものは弱いものであるという、そういう原理的なものをはっきりさせるべきだ、ということでしょう」
福田「強い者が勝つということがはっきりするのは非常にいいと思う。核戦争に限らず、すべて論争でもそうですけれども、論理的に正しい者が勝つということは気持ちがいいですね」。しかしながら、「一時的に強い者が勝つという状態が続くと当然のことながら弱いものが何かに救いを求める。それがイエスです。そういうのが出てくると、こんどはまた力をもってくる。。。。」
村松「カルタゴの民のように、フェニキヤを追っ払われてカルタゴをつくったけれども、エコノミック・アニマルになって滅びちゃった」
(『日本及日本人』、昭和四十四年五月号)。

 また各氏との対談のなかに、いきおい三島由紀夫との比較が頻出する特徴もあって、さらに論壇状況をいえば、『諸君』『正論』『浪曼』登場前に、保守の雑誌が『自由』と、隔月刊の『日本及日本人』しか存在しなかった歴史的事実も同時に思い出させてくれた。 

waku

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