辛口コラム

書評その39

竹本忠雄 著
『天皇皇后両陛下 祈りの二重唱』

(海竜社)

『天皇皇后両陛下 祈りの二重唱』

 かねて皇后陛下の御歌をフランス語に訳された竹本氏は、両陛下にアンドレ・マルロォが御進講におよんだときに通訳にあたった。筑波大学を退官後、またパリに移住されて日仏両国の文化の架け橋として多方面で活躍され、いったん帰国された。現在は伊勢神宮の式年遷宮をひかえ、パリで国際会議を準備されている。
 さて。
 竹本氏は或る時を期して、天皇皇后両陛下が読まれる御歌の研究に入られ、そこに詩の精神、文化伝統の体現があるばかりか、霊性を見いだされる。
 それは昭和四十九年のことだった。
 時の昭和天皇は須崎にて詠まれた。

  緑こき しだ類をみれば 楽しけど
    世をしおもへば うれひ ふかしも

 同時に皇太子妃の美智子さま御歌

  鹿子じもの ただ一人子を 捧げしと
    護国神社に 語る母はも

 竹本氏はこの古代詩的な悲しみ、古風は歌のなかに
 「歌という心の波紋は、それが詞になるまえの、見えない深い領域のヴァイブレーションで成り立っています。意図しない共振ということもありうるのではなかろうか」と疑問を抱く。
 「これらの歌の調べが、いわば、霊性と歴史の両世界の接線上から立ち昇る共通の性質を持つと思われた」「御製は詠いあげられた祈りであり、その意味では超歴史的な意義のもの」。
「すめらみことは、民意、時局、国情を誰よりも広く『知ろしめす』御身の上であり、この意味においては同時に誰よりも深く歴史とかかわりを持つお立場」にあらせられる。

 であるとすれば、「大御歌の一首一首は、霊性と歴史という相反する二世界からの木霊が、どこよりも玄妙に綾なして奏でる調べである」と竹本氏は結論を得た。

 本書はその貴重な体験を通しつつ、多くの歌の解釈と日本の伝統、日本の精神の考察を進めたもので、保守論壇に大きな波紋を投げかける作品である。
 「こよなき高雅の調べに立ち昇る 不滅の日本」という副題が象徴するように、高雅な内容、溢れる詩魂。
 東日本大震災に遭遇した直後、天皇陛下はお言葉を発表され、全国民が感動した。被災地に何度も出向かれて、祈るお姿の高貴さ。この高貴はいずこから生まれるのか。竹本氏は両陛下がこもごもにお詠みなる和歌、その二重唱に顕現されているからだと説かれる。

 平成二十四歌会始 御題「岸」。

 天皇陛下御製
  津波来し 時の岸辺は 如何なりしと
        見下ろす海は 青く静まる

 皇后陛下御歌
  帰り来るを 立ちて待てるに 季のなく
         岸とふ文字を 歳時記に見ず

 竹本氏は、両陛下が和歌に託して奏でる二重唱の、その冷静の神秘と高貴さを繰り返し繰り返し強調される。
 素晴らしい一冊、こころの休まる作品となった。

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表紙

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