辛口コラム

書評その91
日米の似非知識人に鉄槌。出鱈目な歴史解釈がいかに間違っているか
南北戦争で「奴隷解放」はあとから付け加えた勝者の御都合主義だ

渡辺惣樹 v ジェイソン・モーガン 『覚醒の日米史観』(徳間書店)

『覚醒の日米史観』

 日本もアメリカも歴史学者をなのる人々に「粗悪品」が多すぎる。固定観念に凝り固まって真実を知ろうという真摯な姿勢や学問的本能がない。
 真実を言うと当該学界から村八分となり、メディアからは声がかからなくなると世渡り第一と考えているのが日本の歴史学者だが、日本の「オピニオンリーダー」とかの人達もアメリカ御用達で、新聞、テレビでアメリカの代弁をまくしたてる自衛隊OBの言説のお粗末さ、かれらはディープステーツの代理人か、と批判のオクターブが上がる。

 評者(宮崎)も軍事評論家の多くが日米安保体制のパラダイムでしか発言しない、その発想の限界に不満を抱いてきたが、本書は名指しである。
 ふたりは日米の似非知識人に鉄槌を下し、これまでの戦後史観、出鱈目な歴史解釈はいかに間違っているかを平明に、しかし熱っぽく、過激に解説している。
 リンカーンはマルクス主義と変わらない等、驚くほどの大胆な発言も含まれるが、アメリカの南北戦争で「奴隷解放」はあとから付け加えた勝者の御都合主義だという。その通りだろう。
 アメリカ史は北軍によって書かれた勝者の視点だから、南軍は馬鹿扱いされている。モーガン教授はルイジアナ出身だから、南部の人々にいまも濃厚に残るメンタリティがある。
 モーガン教授は言う。
「南部の人間からするとアメリカは分断するしか希望はない」(126ページ)
 ここで評者は日本の幕末を連想した。
 まさしく錦の御旗を偽造し、会津を賊軍と規定したのは明治新政府の御都合主義だったように戊辰戦争から150年以上を閲しても会津と長州が仲直りすることはない。会津若松市で早川市長時代に長州との和解を説いたら、次の選挙で落ちてしまった。早川氏とは評者も二回ほど会ったことがあるが、白虎隊記念館の館長だった人である。

 アメリカで1865年に南北戦争が終わって、どっと余剰兵器のガットリング銃などが日本に輸入された。江戸幕府軍は旧式のフランス銃を使っていた。
 本書でふたりはディープステーツの陰謀をこまかく解説しているが、911事件、イラク戦争、そしてウクライナ戦争の仕掛けに関しては小誌読者の多くが知るところであろう。
 この稿ではむしろ南北戦争の語られなかった歴史について焦点をあてる。  ウィリアム・フォークナーが来日したおり、「第二次大戦で負けた日本と南北戦争で負けた南部は似た宿命を負った。やりなおすしかなかった」と長野で講演している。
 フォークナーは南北戦争を舞台に『アブサロム、アブサロム』を書いた。そのなかには南部の人々の悲哀が描かれた。『エミリーの薔薇』なども哀切な南部の物語だ。

 リンカーンは奴隷制度への関心が薄く、それがどうであれ、アメリカ合衆国の一体化を保つためには戦争をするしかないと頻繁に発言している。
「南部からすれば、『合衆国』などまったく望んでおらず、アメリカの国家宗教ともいえる自由をアピールしながら、中央集権的な北部と縁を切って、より州に権限を委譲した『連合国』をつくりたかった」(モーガン)
 渡辺 「それでもアメリカは国王のいない国を前提としてすばらしい国をつくるために憲法という理念を掲げ、愛国者たちに支えられて二百五十年ちかく頑張ってきた。それなのにバイデン民主党政権の前にこんなに簡単に壊れるとなると何か寂しいきがしますね」。
 モーガンの次の指摘はとくに重要である。
 すなわち「北京とワシントンは似ている」というのだ。「中国の中華思想はワシントンのマニフェストディステニィであり、アメリカの憲法が中国の朱子学、アメリカの黒人と黄色人種は中華思想が規定する『化外の地』になる」(本書で『ワシントン』という用語は、「政治権力につどうエリート」をさす)。
 また米中の「チシキジン」の「日本への見解があまりにも画一的で、日本を軍国主義の悪者と見做す主張以外見当たらない」(モーガン。65p)

 「グレーターアイダホ州法案」なるものがあって、オレゴン州の四分の三くらいの地域がアイダホ州に入りたがっているという指摘は初耳だった。
 モルドバがルーマニアとの合邦を希望しているように、オデッサがウクライナからわかれたがっているように。
 これに関して渡辺が付け加えている。
「オレゴン州政府組織がポートランドなどの都市部過激住民にハイジャックさていることにもう我慢できない州民の反乱です。グレーターアイダホの動きというのが今のアメリカの縮図なのかもしれませんね」(128p)
 この法案は民主党が多数派のオレゴン州議会で成立は無理だろうが、たとえ承認されても連邦政府に送られ、連邦議会が最終決定をするため、成立はほぼ不可能だろう。
 ちなみにオレゴン州上院は共和党が11、民主党17、その他が2。オレゴン州下院は共和党が25、民主党は35。アイダホ州上院は共和党が28、民主党7。アイダホ州下院は共和党が59。民主党は11。
 アメリカの分裂がここまで深刻な状況にあるとは!

 さて読後感といえば、林房雄と三島由紀夫の対談『日本人論』の一説を思い出したのだ。
『大東亜戦争肯定論』を書いて論壇の最右翼とされた林房雄が三島に言ったのだ。「キミが僕よりも右翼的なことに驚いた」と。
 渡辺もモーガンのややもすれば暴走的な発言にいささか驚いた風情である。

waku

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