5G特許をめぐる競争は数年前から熾烈化していた。
ファーウェイ排除の前段階からの米中激突の経過を振り返ろう。
2018年春に習近平がトランプに直接電話をかけて、泣きついたとかの情報があるほど、ZTE(中興通訊)へのインテルの半導体供給停止処分は衝撃的かつ死活的だった。ZTEはインテルからの半導体供給が止まり、ドル箱だったスマホの組み立てが不可能になって倒産しかけたのだ。
ZTEはイランへの不正輸出がばれて、7年間の取引停止を言い渡されたばかりだった。
トランプの次の手は中国への半導体製造装置の輸出禁止だった。
これで福建省晋華集成電路(JHICC)は、せっかく工場を新築したのに、操業が不能となった。台湾から来ていた百人のエンジニアも路頭に迷い、鳴り物入りの最新鋭工場は閑古鳥、まもなくペンペン草がはえるのではないか。
そして完全なるファーウェイ排除となれば、中国として生き残る道は部品の国内生産しかない。半導体の自製化である。
日米はともかく、中国はスマホ、基地局の輸出先を欧州とアフリカならびにミャンマーなどアジアの発展途上国の市場に置き換えている。東チモールの山奥や、ミャンマーの辺疆へ行っても現地人がファーウェイを使っていた光景を目撃したが、驚きである。
そのうえファーウェイは、最悪シナリオに備え、半年分の生産に必要な部品をしずかに備蓄してきた。昨秋にぴたりと停まった日本への発注が突如ぶり返していたのは、部品備蓄が目的だったのだ。
鴻海精密工業は董事長の郭台銘が次期台湾総統に立候補するなどと息巻いたが、中国の主力工場から大量のレイオフをなし、インドなどへの工場移転を発表した。また一部は台湾へ復帰するとした。
米中貿易戦争は凄まじい突風となって全中国に吹き荒れ、一部、共産党の高官は「GDPの1%減となるだろう」と予測するが、1%ではなく、10%の悪影響がすでにでている。中国の株式市場は暴落寸前で、5月5日から17日までに深セン株式市場で7・5%の下落、上海株式市場で5・6%の下落となった。
遅きに逸したが、中国は半導体に自製化を本格的に稼働させる。なにしろインテルとクアルコムからファーウェイのみならず業界三位の小美(シャオメイ)も、廉価販売のOPPOも、半導体の供給を受けてきたのだから、今後、生産が直撃弾を受けることになる。
習政権は、半導体内製化に発破をかけ、開発メーカーなどが赤字であっても、株式市場から資金を調達しやすいように上場を急がせる方向にある。
5G特許の「出願件数」で中国は米国を抜いた
5G開発競争で、たしかに中国は「特許出願」の件数において世界最大である。あくまで「出願」で、特許が「成立」した件数でないことを留意した上で、次の一覧を眺めてみよう。
5G必須特許出願の企業別シェアは、ドイツの「IPリッテクス社」の調査に拠ると、
ファーウェイ(中国) 15・05%
ノキア (フィンランド) 13・92
サムソン (韓国) 12・74
LG (韓国) 12・34
ZTE(中国) 11・70
クアルコム(米国) 8・19
エリクソン(スウエーデン) 7・93
インテル(米国) 5・34
明らかに米国並びに北欧が劣勢にあり、中国の大手二社で34%強。世界の三分の一を占める。日本企業と言えば、「まるでお呼びでない」。
ただし、中国勢の特許出願は基地局に関する技術が殆どである。だが、一件優勢にみえる中国の5G開発には幾つかの深刻な問題点がある。
第一に「出願」と「成立」した特許とをよくよく吟味しなければならない。出願が多くとも、特許として認められるかは別の問題である。
第二に5G技術は4Gの上に成立するのである。つまり4G特許は圧倒的に米国クラルコムが保有する上、5Gは、4G特許へのロイヤリティ支払いを前提とする。だから中国はダミー(シンガポール籍のブロードコム)を使って、クアルコムの買収に、史上空前の買収金額を示して乗っ取ろうとしたのだ。
土壇場でアメリカは、この中国が背後にいる野心的な買収案件に「国家安全保障にかかわる」として拒絶するという行動にでた。
すでにオバマ政権時代から、中国の通信機器のスパイ行為、バックドアなどの仕掛けによって情報が中国に筒抜けになっている「国家安全保障上の脅威」は情報関係者から指摘されていたが、オバマ政権はなにも手を打たなかったのだ。
米下院情報委員会は報告書を作成して「ファーウェイ、ZTEなどの通信機器は中国のスパイ活動ならびにサイバー攻撃に悪用される可能性が高い」と警告したため、ようやくオバマ大統領は2013年の米中首脳会談において「経済スパイ行為をしない」という合意をしたが、中国はこれをまったく無視してきた。
クアルコムとアップルの特許訴訟、突如、和解へ
さらに重要な変化がアメリカで起きた。アップルとクアルコムは特許使用料問題で深刻な特許裁判を展開していた。アップルがクアルコムの特許が異常に高いと難詰し、合計270億ドルの訴訟を米国メーカー同士でいがみあい、このためアップルは5G製品の発表が出来ず、このまま行けばファーウェイ独走をゆるすことになる情勢にあった。
「アメリカ企業同士があらそっている場合か」と政府や議会、株主、メディアから叩かれ、急転直下の和解。これでアップルの5G参入に目処が立った。
米国企業が認識する中国の脅威とは、次期ハイテクで中国の後塵を拝するような事態が目前に迫り、焦燥がつのった背景がある。とくに習政権が「2015 中国製造」を打ち上げたときに、アメリカは脅威を深刻に認識した。
2017年1月に発足したトランプ政権はホワイトハウスに特別対策室を設置し、ハイテクに明るい専門家を急遽寄せ集めて、リストを作ってきたのだ。
当時、ホワイトハウスを訪問した加瀬英明氏から同年夏ごろに直接聞いたのだが「技術の専門家のデスクがもの凄く増えている」。トランプ政権は発足直後から、この問題に対応するチームを直轄してきたことになる。
世界の株式市場から時価総額250兆円が蒸発した
2019年5月10日、トランプ大統領は、追加関税増額措置(2000億ドル分の中国製品に25%の高関税)を発表、続けて同月15日、ファーウェイへの部品供給を事実上とめる「非常事態宣言」の大統領令に署名した。「中国」と名指しはないが、だれが見ても中国製品の流入阻止が目的であることは明瞭だ。
同時に米商務省は「ELリスト」を作成し、およそ68社をその対中禁輸リストに挙げた。
このため株式市場は大混乱に陥った。世界すべての株式市場から時価総額に直して、およそ250兆円が蒸発した
ファーウェイは世界68社から年間670億ドルにおよぶ部品を購入してきた。日本からは村田製作所、東芝メモリィ、日本電産、ローム、SONY、三菱電機など電子部品、カメラ11社、アメリカはインテル、クラルコム、マイクロソフト、ブロードコムなど、じつに33社、そして台湾と韓国からで、中国でファーウェイに部品を収めてきたのは京東方科技集団、BYDなど25社に過ぎなかった。
むろん、米国企業をも直撃する。
トランプの支持基盤である中西部では穀物輸出の農家、穀物商社が輸出減に悲鳴をあげた。サイロも、バージ船のターミナルも物流に混雑する風景はなくなり、中国でもターミナル、コンテナヤード、倉庫に行き交うフォークリフトの数が顕著に減少し、とくに倉庫スペースは空きが目立つ。
一度は米国復帰を宣言していたハーレー・ディビットソンは対中輸出が難しくなるため、4月23日、ウィスコンシン州からタイへ工場移転を決めた。
半導体を供給し、中国で組み立ててきたスマホ、とりわけアップルのiフォンは激甚な直撃を受け、米国内での販売価格は150ドルほど高くなった。
五月初旬の株価下落率でワースト銘柄は半導体のインテル(10・7%の暴落)、化学材のデュポン(9・8%)、半導体のエヌビディア(7・8%)、アップル(6・9%)、動画配信のネットフリックス(6・2%)という具合だった。
アメリカも中国も高関税適用対象からライフラインのかかわる品目を外してきたが、とくに中国は豚肉、食料などの税率を据え置いた。報復で中国が高関税をかけたのは、ガスなど米国以外の輸入代替国があるものに限られた。
一方、米国も消費財(傘とか、スポーツシューズ、PC、スマホ)への関税を据え置いてきたが、これらも第四次報復関税が発動すれば対象となる。
米中貿易戦争、まだまだ先の見通しが不透明だ。
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