悪智慧をつけたのは欧米投資銀行
中国経済の成長神話に立脚して新しいスタイルの株式公開がブームとなった。
多くの中国国有企業の株式公開にあたってJPモルガン、シティ、UBSなど外資が幹事役になった。
05年10月、中国建設銀行が香港に上場、06年六月に中国銀行、さらに同年九月に中国工商銀行が香港で上場を果たし、合計五兆円を掻き集めた。
とくに中国工商銀行は世界経済史において空前の216億ドルをあつめ、それまでのNTTの記録を破った。異様な中国株ブームが人為的につくられ、不動産と商品に群がっていたカネが株式へ回帰した。
それが第一のV字型回復(06年10月)の原因だった。
第二は中国国内の不動産への投機ブームに先行きが見え、明るいはずの展望に陰がさしたこと。
第三は中国の金利がそれほどの高利でもないのに、米国の圧力が強く、人民元切り上げの予兆があるため、過剰流動性のカネが依然として中国に群がるのである。
「昔の中国市場はまさしく“カジノ”だった。いまの上海、深せん株式市場は、“明瞭なる規則が付帯したカジノ“だ」(ヘラルドトリビューン、06年12月15日)。
新華社でさえ、これを危機的状況と判断し、蔓延する楽観ムードを戒める異例の記事を配信した。とりわけ「上場企業全体の業績や収益力が根本的に改善したわけではない」とする事実を率直に指摘し、投資家に冷静な行動を呼びかけている。
それでも足りず、当局は経済抑制策に転じ、たとえば不動産購入の頭金を二割から三割に上げ、ローンの金利をあげ、銀行には貸し出しの抑制を命じた。それでも焼け石に水、効果が上がらない。
中国人が「上に政策あれば、下に対策あり」の体質を持つからだけが理由ではない。最大の要因は投機資金の六割近くが海外から流入していることなのだ。
投機筋が終局的に狙うのは何か?
近未来の「人民元」の劇的な高騰を踏んでいるからである(05年7月に2・1%だけ切り上げになった人民元はその後も緩やかな上昇をつづけているが、07年6月現在、一ドル=7.4と二年間で9%程度の上昇でしかない)
不動産投機でまずしこたま儲けて、株で当てて資産を増やし、最後に人民元の高騰で儲けると手じまい。これが禿鷹ファンドなど欧米名うての投機筋の戦略である。
当然ながら中国側の対策は人民元の防衛に向かう。
このため闇雲にドルを買って、実需以上のドル資金をためこんだ。中国の外貨準備高一兆ドルは日本をぬいて世界一となった原因は貿易黒字だけではない。中国のドル買い、その単純な動機は人民元高を回避するため。ひいては中国経済の破産を乗り切るためだ。
もうすこし具体的に見よう。
中国のDGP連続二桁成長は明らかに輸出による。しかし輸出は外国企業が労賃の安い中国に工場を建てて製品をつくり、中国から海外市場へ輸出しているからであって、じつに輸出全体の60%以上が外国企業の進出による。
モトローラやトヨタが代表する対中直接投資は05年に606億ドル、06年に700億ドル、契約ベースで一千億ドルを超えている。
ところが、直接投資以外に中国に流入しているカネが2000億ドルを越えると見積もられる。
数年前、日本はアレヨアレヨと急激な円高に見舞われた。当局は合計三十兆円を投じてドルを買い、円の急激な高騰を回避した。この結果、日本の外貨準備高は急進した。あれと同じことを中国の当局が行い、たまった外貨は4000億ドルが米国債の購入に向かったというわけである。
しかし日本の世界経済を見つめる視座は、つねに対米ドルだけである。
一ドルが120円だと輸出産業は儲かる、一ドルが110円になれば輸入産業が儲かる、ということばかり論じて、金利のことをすっぽり忘れている。
ドルが基軸通貨であることに変わりはないが、一方で「ユーロ」があり、アジアには「人民元」がある。総体比較で物事を考えないと思考の幅が狭まり視野狭窄に陥って判断を誤りやすい。
英誌『エコノミスト』(07年2月10日号)は「日本円が不当に安い」と批判的な記事を掲載した。「ユーロに対して日本円の為替レートは40%も過小評価されている」と。
このためEU製品は日本へ輸出できる環境にはない。また「米国の自動車は“円安”という有利な武器を背景とする日本車との価格競争で、不公平極まりない状態になった」とも書いた。にもかかわらずG7の寄り合いで、円安問題は先送りされてしまった。
ポールソン米財務長官は就任以後も三回も北京を訪問した。しかし日本にはようやく07年三月になってからやってきた(就任前の彼はなんと七十回も北京へとんでいる)。
ポールソン財務長官は完全に中国を見ているからである。五月のG7財務相会議をすっぽかしてでも、ポールソンは呉儀副首相をワシントンに迎え「米中経済戦略対話」を開いた。いまや米国にとってG7より北京の顔色が大事というわけである。
米国連邦議会での証言でもポールソンは「円安は深刻ではない」という立場を鮮明にして、自動車労働組合などからの圧力に揺れる議会からの批判を抑えたが、内実は日本円に深い関心がないのである。
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